暁台のある小山にあるデラツウェルクのアジトでは、洞くつをそのまま使ったホールの中心に青白い光で照らしており、三人の小人が先程の暁台の森の公園で野良犬を操って人間を襲わせていた小人からの報告を聞いていた。 「そのルチェリノーマの伝説の戦士の出現は真(まこと)か?」 待機していた三人のうちの一人のもの静かそうな男が外に行っていた小人に訊いてくる。 「ああ、勇雷玉がその人間をリノーマサーゲストに変化させたのを目にした。しかもただの人間にも関わらず、操っていた野良犬と戦い洗脳も解いたということだ」 「てっきりわたしたちより体は大きいけれど特殊能力のない人間がリノーマサーゲストになるなんて考えてもいなかったわ」 三人のうちの紅一点の女小人が派遣しに行っていた小人に言ってきた。小人と人間では体格の他にも性能の差があることを。 「そのリノーマサーゲストってのは、女でガキなんだろ? あんまり強くない、ってことだろ?」 三人のうちの他の小人より頭三つ分の背丈を持ち、いかり肩の筋肉質の男小人が尋ねてきた。外に出ていた小人が他の三人に言ってくる。 「ああ。なったばかりであるが、もう一回様子を見てくる。次はこっちから戦いを仕掛けてこよう」 乃江美の小人の戦士化を目にした小人が他の三人に告げたのだった。 乃江美は家政婦の猿田さんと一緒に朝食後の皿洗いを終えると、衣服のポケットに隠していたチラとゾゾを猿田さんが台所から出ていくのを見計らうと、冷蔵庫の中の朝食の残りをつまみ出して彼らに食べさせてあげた。 「まいったな。チラとゾゾに食べ物をあげることを考えてあーへんかった」 昨日出会ったルチェリノーマの女王、パナケイアの使いであるチラとゾゾは、人間の町に侵攻してくるデラツウェルクと呼ばれる闇の小人の出現に伴い、ルチェリノーマの宝、守要玉に選ばれた乃江美のサポートをするために乃江美と同じ部屋の元で過ごすことになった。 チラとゾゾは光の小人ルチェリノーマであるが、人間たちの前では白ネズミと緑トカゲに姿を変えていて、住むのと寝るのは問題なかったが食べ物は伯父さんたちにバレないようにこっそりと与えるしかなかった。 「これからは乃江美が部屋にいるわたしとゾゾに食べ物を持ってきてくれる方がいいかもしれないけど」 「それもそうがや」 乃江美はチラとゾゾに朝食を与えると、庭に出て猿田さんと一緒に洗濯物を竹竿に干して始めた。休日は猿田さんから料理を教わる他、洗濯物の干し畳みや床板の雑巾がけもしなくてはならず、乃江美は午後一時半まで家事をやることになっていた。一時半から三十分ほどの自宅学習も課せられていたけど、午後二時から四時までは自由でいられることが出来た。乃江美は猿田さんに連れられて暁台の図書館へ行くことになり、チラとゾゾも乃江美のジャンパーのポケットに入ってついていった。 暁台の図書館は六丁目にあってバスを使っても二十分かかるため、猿田さんから図書館に行きたい時は自転車を使うようにとすすめられた。図書館は赤茶色のレンガブロック造りの建物で、学校ほどではないが相当な広さで児童書コーナーでも二階の五分の三を占めていた。 乃江美は図書館の登録をし、児童文学を三冊借りて猿田さんと一緒に帰りのバス停で待っていると、サイレンの音が聞こえた。 「どっかで火事でも起こったんだがや?」 「そのようですね。しかもここ二週間の間に七丁目と六丁目と四丁目で起きているようです」 「うっわ、そりゃあおそがいじゃん」 その時、ジャンパーのポケットの中にいたチラがこっそりと話しかけてきた。 「乃江美、この火事はただのボヤとか火の消し忘れじゃなく、誰かが起こした火事なのよ。もしかしたらデラツウェルクの仕業じゃないかと」 「どういうことがや?」 「家に帰ったら教えてあげるわ」 乃江美と猿田さんは一丁目の倉橋家に戻ると、乃江美は自分の部屋に入ってチラとゾゾをジャンパーのポケットから出すと無地の紙に地図を描くようにと言われ、チラが火事の起きた場所を赤いペンでマーキングした。 「七丁目と六丁目と四丁目のこの場所ね。だけどこの場所は建物のない空き地や荒れ地だけど、放火の時に使ったマッチの燃えかすや火のついた紙くずやタバコの吸い殻が見つからなかったんだってさ」 ゾゾが火事の起きた場所に放火に使った道具がなかったことを教えてくれた。 「わたしたちの他にも暁台に出ているルチェリノーマがわたしたちや女王さまに報告してくれるのよ。放火のあった場所に行っていたルチェリノーマはデラツウェルクがやった可能性が高い、って教えてくれたのよ」 チラは乃江美に放火事件の内容を乃江美に向かって言った。 「デラツウェルクが? 何でぎゃ?」 「女王さまが教えてもらったろ。ルチェリノーマの宝の守要玉の四つがデラツウェルクに奪われたことを」 ゾゾが乃江美に言った。 「そういやぁ、そうだったじゃん。今あたしが預かっているのが、安樹玉(あんじゅぎょく)、望風玉(もうふうぎょく)、賢水玉(けんすいぎょく)……。あたしは勇雷玉だったがや」 「そう。奪われたのが志炎玉(しえんぎょく)、闘地玉(とうちぎょく)、誇霜玉(こそうぎょく)、誠鉄玉(せいてつぎょく)。この四つさ」 ゾゾが奪われた四つの守要玉のことを話してくる。 「あと守要玉にそれぞれ属性が宿っているのはもう知っているわよね? この二週間で起きている火事は志炎玉を持っているデラツウェルクじゃないかと踏んでいるのよ」 「そうだよな。あたしが雷電を出して猿田さんを襲った野良犬をやっつけたように、炎を出すデラツウェルクの仕業なのもうなずけるがや」 チラの説を聞いて乃江美はうなずいた。これまでは無人地に火事が起きているとはいえ、もし森の中や人の多い場所にデラツウェルクが火事を起こしたら……と乃江美は他人事ではなく本気で止めないと、と心に留めていた。 次の日は月曜日で乃江美は菫咲学園の青紫と黒いチェックの制服を着て五丁目行きのバスに乗って学校へ向かっていった。バスは駅へ向かう市外の会社や学校へ行く人たちや暁台内の高等学校に通う人たちも乗っていた。席は満席であったが一丁目が始発だったので乃江美はいつも座ることが出来た。乃江美は一人席の一ヶ所で通学バッグを開けて連れてきたチラとゾゾに訊いてくる。 「本当に学校まで来るの?」 他の乗客に聞かれないように小声で話していると、チラははっきりと答える。 「大丈夫よ。わたしとゾゾは乃江美より大人だから、じっとしていられるわ。それにあの家には……」 「ああ、ソウセキのことか」 乃江美は倉橋家には伯母さんが飼っている猫ソウセキがいたことを思い出す。ソウセキは齢二歳の黒白ブチのオスのペルシャ猫で、ネズミとトカゲの姿であるチラとゾゾにとっては恐れの対象であった。 バスが五丁目に入ると、乃江美は停車して二車線道路のある住宅街を歩いて五分先にある私立菫咲学園に入る。菫咲学園の制服は初等部・中等部・高等部によって制服の型とタイの色が異なり、背丈も体格も髪型も異なる少年少女が校舎の中に入っていく。 乃江美も初等部の校舎に入り、昇降口の下駄箱の所で外履きから上履きに替えようとした時、浜金谷頼子と腰巾着の富浦満穂と長浦茅穂が乃江美の前に現れる。 「おはよう、勇崎さん」 標準のある台詞で頼子は見下すように乃江美にあいさつしてきた。 「おはよう、ございます……」 乃江美の語尾高い訛りの入ったあいさつを聞いて、満穂と茅穂がふっかけてくる。 「相変わらずの訛りのひどさねぇ」 「これだからなめられるんだよ」 その時、乃江美の通学バッグからチラとゾゾが頼子一派のからかいを目にして、ゾゾが怒りを募らせる。 「ぬぬぬ〜っ。あいつらなんて奴らだ! 乃江美のことをバカにしてきて〜っ」 「ゾゾ、勝手に出てきちゃ駄目よ。ルチェリノーマが戦士以外の人間に姿を見せてはいけないのよ。わたしだって、あの子たちが赦せないけど」 チラがゾゾを諌めた。菫咲学園に転校してきてから頼子一派にからかわれてきた乃江美だったが、今は頼子一派にかまっている時ではないと考えてこう言ってきた。 「訛りなんてすぐになくなるもんじゃないし」 乃江美はスタスタと頼子一派から離れていった。また頼子たちも自分たちに素っ気ない対応をしてきた乃江美の姿を見て、ムラッとなるも取っ組まれるよりはまだいいと思った。 朝礼から六時間の授業が終わり、生徒たちは徒歩やバスで帰る頃になると、乃江美はいつものようにバスに乗って一丁目まで帰り、バス停では乃江美の他にも数人の菫咲の生徒やおばあさんがいた。 乃江美が通学に利用しているバスはクリーム色の車体に緑とオレンジのラインが入った市内移動バスで朝十時から夕方四時台までは一時間に二本しか通らないため、時間に気を付けなくてはならない。乃江美は車内で他の乗客にまぎれながら火事を起こすデラツウェルクのことを考えていた。 (今はまだ人間たちのいる所に被害が出ていないけど、デラツウェルクは何で火事を起こしてるんだろう?) バスは住宅街や田畑のある地域、団地区域を進んでいき、乗客が降車と乗車で入れ替わり乃江美もようやく座席の一角に座れることが出来た。バスが菫咲学園を出てから十分後、乃江美が窓の景色を見つめていると、二丁目と三丁目の間の有刺鉄線で囲まれた荒れ地の廃屋が突然燃えたのを目にした。それと同時にパナケイア女王から授けられたサーゲストウォッチがチキチキ、と音を立てて乃江美の制服のポケットから鳴った。 「な、何がや!?」 乃江美の通学バッグからチラが顔を出して乃江美に教えてくる。 「この音はデラツウェルクが近くにいる時の音よ! まだここら辺にいるから止めないと」 「わ、わかった」 そして乃江美は目的地に着いてもないのにも関わらず、バスの停止ボタンを押して、バスが次の停車場に止まると急いで降りて火事の起きた荒れ地の方へ向かっていった。幸いバス停と荒れ地の距離は遠くなく、乃江美は燃えている廃屋を目にし、このままにしていたら被害が広がると察するも、火事を起こしたデラツウェルクがいるかどうかを探す。 「乃江美、今のままだと見つからないのも当たり前だろ」 ゾゾに言われて乃江美は気づいてサーゲストウォッチの二又を開いて左下の絵文字盤が点滅しているのを確かめると、女王からの使い方を思い出して右上の赤い絵文字版を指先で触れて、乃江美の周りに黄金色の仄かな光が出ると乃江美は今の二十分の一の大きさに縮んでいき、チラとゾゾも乃江美の前に立つ。 「そっか。小さくなりゃ有刺鉄線をくぐれっし、誰も怪しまれへんし」 乃江美とチラとゾゾは鉄線の隙間をくぐって荒れ地の中に入る。いつもの大きさなら十歩で行ける距離は二百歩になってしまうが、乃江美たちは朱色の炎に半分包まれた廃屋を目にし、更に廃屋の近くには古い油の入ったドラム缶がいくつも積まれているのに気づく。 「こりゃあまずい! 火がドラム缶の中身に燃え移ったら、でらおそがいことになるがや!」 乃江美は今の状況を目にすると、これ以上被害が広まる前に何とかしないとと狼狽する。その時、上の方から声がした。 「へぇ、そういう簡単なことはわかるんだな」 ドラム缶の一つの真上に誰かがいた。人間ではない。小人である。その小人はドラム缶の上から跳び下りてきて、乃江美たちの前に現れる。その小人は青年のようで、背丈は小人時の乃江美よりも頭一個半ではねのある短い金髪に赤茶色の切れ長の眼に細身だがしなやかな体つき。服装は赤と黒のバイカラーのボディスーツで両肩と胸と両腰に白銀の部分鎧をまとい、頭部には赤い炎が付いた銀のサークレット。 「あ、あなたがデラツウェルクがや?」 乃江美は自分たちの前に現れた小人を目にして尋ねてくる。 「そうだ。おれはデラツウェルクのアッターカだ。思っていたよりリノーマサーゲストが早く出てくるとはな」 アッターカは高めの男声を出してきて乃江美に言ってきた。 「おい、いくらデラツウェルクが人間に侵攻を仕掛けてくる奴らだからって、火事を起こすなんて物騒じゃないか」 ゾゾがアッターカに向かってふっかけてくるが、アッターカは悪びれることなく言い続けてくる。 「そんなことお前らに教えてどうする? 邪魔をするというのなら、女子供でも手加減はしないぞ」 乃江美はアッターカの台詞にビビるも、自分が持っているサーゲストウォッチを取り出して、赤い絵文字盤が光りだして黄金の光に包まれて光が弾けると稲妻模様の縁取りの戦闘服に変化させた。サーゲストウォッチは乃江美の胸に装着されていた。 「ほう……。これがリノーマサーゲストとしての姿か。ならば、かかってくるが良い!」 アッターカが自分の両腰に吊るしていた二振りの三日月型の短剣を両手に持ち、乃江美も自身の武器の剣、ゼウスブリッツを持って構えてくる。アッターカは短剣を突き出してきて乃江美が剣を横にして受け止め、アッターカが左の短剣を乃江美に向けてくると乃江美は危機を感じて足の裏で地面を蹴って後転で回避する。チラとゾゾは乃江美の危機の回避を目にして胸をなでおろす。その二人の様子を目にせず乃江美とアッターカは戦い合い、アッターカが剣を振るえば乃江美が刀身で受け止めて、乃江美が剣で突こうとすればアッターカが左手の剣で喰い止める。 (このままじゃあ、らちがあかない) 乃江美は攻防を繰り返すだけではダメだと気づくと、胸についたサーゲストウォッチの勇雷玉に念じてアッターカの剣が乃江美に近づいてくると乃江美は左手から黄金色の電撃を出して、アッターカのみぞおちに当てた。 「ぐっ、守要玉の加護か……。だけど、こっちも守要玉を持っているんでね!」 そう言ってアッターカは手甲にはめられた炎に二刀の紋が入った志炎玉の力を発動させて自分の剣の刃先に赤い炎をまとわせ、更にX字状に振るって炎のX字が乃江美に向けられた。アッターカの攻撃に驚いた乃江美は無我夢中で刀身に電撃をまとわせて素早く振り下ろして炎のX字を真っ二つにして炎は乃江美の後ろの方へ左右で爆ぜた。幸い後方は廃屋がすでに燃えていて、しかも小人の大きさだったから火の増加もなかった。 「ほう、やるな」 アッターカの左ほおから一筋の赤い血が軽く垂れた。乃江美が振るった剣の斬撃は微弱であったが、相手に自身の攻撃を与えられたのだった。 「普通の人間の小娘だと思っていたが、勇猛さは確かにあるな。今回は退いてやる。お前、名は何という?」 「勇崎乃江美……」 乃江美はアッターカに名乗る。 「今回はここまでにしてやるよ。だが他のデラツウェルクもいることを忘れるなよ」 そう言ってアッターカは乃江美に言い捨てて、自分は燃え盛る炎の中へ入っていって姿を消した。 「あいつは火を司る〈志炎玉〉を持っているから、火を通じて別の場所に移動していったんだ」 ゾゾはアッターカが消えていった理由を乃江美に教えた。その時、サイレンを鳴らしながら消防車が来て、白銀の防護服を着た消防士がホースを持って廃屋の火を消し始めた。 「わたしたちも行きましょう。ここには用はもうないのだし」 チラがゾゾと乃江美に言い、三人は廃屋のある荒れ地から有刺鉄線の柵をくぐって乃江美は変身と小人化を解除して、青紫色の制服に戻りチラとゾゾも乃江美の制服のポケットに入る。 乃江美はその後歩いて一丁目にある倉橋家まで帰ることになった。空はすっかり日が西に傾き朱色と紫の半々になり、帰路に入ると自動車の数も多くなり、歩いている人もそんなにいなかった。 「そういやぁ、アッターカは『他にもデラツウェルクはいる』って言ってたじゃん。どれくらいおるんがや?」 乃江美はチラとゾゾに訊いてくる。 「うーん、デラツウェルクが人間や他の動物を操って侵攻をしてくるのは確かなんだけど、数までは未明なんだよな」 ゾゾが乃江美にわかる限りの情報を教える。 「ほっか。ルチェリノーマだからって、デラツウェルクのことは大方わかる訳とは限らんってことがや」 乃江美がチラとゾゾと話し合いしながら歩いていると、道の反対側から猿田さんが小走りで走ってきたのを目にした。 「お嬢さま〜、良かった〜。ご無事で〜」 乃江美はデラツウェルクと接していたとはいえ、いつもより学校の帰りが遅くなったことに伯父さんからの習い事である華道を放ってしまったことを思い出した。 乃江美は猿田さんと一緒に倉橋家に戻り、玄関先で伯父さんに叱られた。 「全く! この頃ボヤによる火事が出ているというのに、お前が巻き込まれているんじゃないかと心配していたんだぞ!」 「ご、ごめんんさい……」 伯父さんからの雷を受けて乃江美は頭を下げる。 「だんな様、お嬢さまだって別に悪さをしていたわけでは……」 猿田さんが弁解してきて、伯父さんは肩をすくめる。 「全く、誘拐されたり事故に遭っていたら、わたしはお前の両親にどうしたらいいか悩むところだったんだぞ。悪気がなく反省しているのならよしとする。ただし、夕食後の皿洗いと風呂掃除はするように」 伯父さんからの罰は軽いものだったので、乃江美は夕食後の皿洗いと風呂掃除を済ませて自分の部屋に戻ると、チラとゾゾと話し合う。 「乃江美、デラツウェルクは次はどんなことをしでかすかわからない。早いうちに仲間を探さないと」 「うん。だけど一緒に戦ってくれるかどうかってのが……」 ゾゾに言われて乃江美は口を一文字にするもチラが言ってくる。 「それでも乃江美が預かっている守要玉が導いてくれるわ」 「うん。あたししかおらんもんね。それにアッターカと戦っていた時は『おそがい』とか『やれそうにあーへん』よりも、熱くなったんだがや。あたしはやろまいよ。あっ、やろまいってのは愛知県で『やろう』ってことだからね」 乃江美は次のデラツウェルクからの侵攻に備えて仲間探しにやる気を起こしたのだった。 |
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