浅葱沼氷雨乃の文学の館


1弾・5話   二人目の伝説の戦士


 暁台のある小山の中にあるデラツウェルクアジトでアッターカはルチェリノーマの伝説の戦士と対面したことを仲間たちに報告した。

「ふーん、思っていたより骨があるのね、その子って」

 女のデラツウェルクがアッターカに訊いてくると、アッターカは乃江美につけられた左ほおの傷を背けるように隠す。

「人間の小娘とはいえ、守要玉の中では最強と唱えられている勇雷玉の持ち主ではなぁ。おれが行きたいところだが、電撃には敵わないし」

 物静かなデラツウェルクが答えてくると、他のデラツウェルクより背丈を持ちいかり肩に筋骨隆々の男が言ってきた。

「なら、おれに行かせろや。おれの守要玉は闘地玉だから電撃は効かん」

 アッターカや他の二人も武闘派のデラツウェルクの意見を聞いて同意した。


 乃江美は昨日の件で帰宅が大幅遅れたうえに伯父さんから受ける華道の稽古をすっぽかしてしまうも、チラとゾゾの言葉に従って仲間になれそうな人を探し回っていた。

 菫咲学園の校舎は乃江美が通っていた豊橋市の公立小学校よりも敷地が三倍もあり、初等部・中等部・高等部に分かれていてパナケイア女王から渡された三つの守要玉の入ったサーゲストウォッチを持って初等部の校舎内をうろついたが守要玉の反応はなかった。

「あー……、二十分休みと昼休みと今日の放課後を使ってまで歩きまわったけれど、仲間になれそうな人あーへんかったわ」

 乃江美はよろよろと歩いてチラとゾゾに言った。サーゲストウォッチは乃江美の制服の胸ポケットにしまい他の三つは通学バッグの中に入れていた。

「そう言われても、簡単に見つかるものではないわよ」

「でもなぁ、デラツウェルクの侵攻がやばくなるものあるし……」

 制服のブレザーの両脇ポケットにいるチラとゾゾが答えてくる。乃江美が初等部の廊下を歩いていると、階段の二階から一階の所で一冊の手帳が落ちているのを目にした。表紙は厚手の紙製で花柄などのカラフルなテープで『アートコレクションXо.3』と記されていた。中を開いてみると雑誌や新聞の切り抜きによるフラワーアートの写真がスクラップされており、中には乃江美の伯父さんの生け花も貼られていた。

「なんがや、伯父さんの生け花もコレクションされてって……」

 乃江美が呟くと、一階の階段から一人の女子生徒が姿を現した。乃江美より低めの背丈にやたらと細い体つきで細面の顔にマッシュショートヘア、垂れ目がちの眼で左手に通学用の深緑色のデイパックを提げていた。

「あー、もしかしてあんたの? よかったがや、すぐ見つかって」

 乃江美はいつも封じている三河弁で話してしまったために周りに頼子一派がいないかつい辺りを見回す。

「もしかして三組に転校してきた愛知県の子って、あなた?」

 女子生徒に訊かれて乃江美は視線を彼女に戻した。

「あのう……、一丁目に住んでいる光盛(みつもり)流華道の家元が伯父さんなんでしょ? わたし二組の安食梢(あじき・こずえ)。今度、あなたの伯父さんの元に尋ねていいかしら?」

「わかった。今度聞いてみるがや。あたしは三組の勇崎乃江美」

「ありがとね。わたし、他の人のフラワーアートを参考にして次のコンテストに出そうと考えていたの。それじゃあね」

 そう言って梢は乃江美から手帳を受け取ると帰っていった。

「伯父さんの作品を参考にしてフラワーアートのコンテストに出す、ねぇ……」

 乃江美も月曜日と木曜日と土曜日の午前は伯父さんの華道の稽古を受けているが、小学五年生までは両親の元でのびのび育った乃江美には華道の流派やアーティストの作品には興味や関心がなかったためそういうのには疎い。

「そいで? 伯父さんにはどう伝えるの?」

 サイドポケットの左からゾゾの声が聞こえてきた。


 暁台の二丁目にある区立暁台西小学校の校庭では。アッターカの話を聞いて人間たちの町にやってきたデラツウェルクが生徒が全て帰った質素な校舎と体育館の真下の校庭に自信が持つ守要玉の効果を発動させた。デラツウェルクは右手の甲にはめられた拳と盛り上がる大地の紋章が入ったオレンジ色の守要玉から出るエネルギーを左手に走らせ、右手を拳にして地面に叩きつけた。

 すると守要玉のエナジーが校庭を十五方状に流れていって、地面に流線状の亀裂が入り、飼育小屋のウサギやニワトリ、皇帝に残っている教師がその震動でびくりとなった。地震かと思った教師は周りを見回すと、窓から見える校庭の亀裂を目にして驚く。

「な、何だこれは……!!」

 校庭に亀裂を入れたデラツウェルクは当然遠くから見ると目に入らないため、誰も彼の仕業と知ることはなかった。


「ほう。同じ学校のお嬢さんが、わたしの生け花を見たい、と?」

 乃江美は倉橋家に帰ると書斎で生け花専門誌に載せるエッセイを書いている伯父さんに話した。

「はい。同じ学年の二組の子で、次のコンテストで出すフラワーアートを出したいがために伯父さんの生け花を見たい、と言ってたんです。名前は安食梢さん」

 譲太郎伯父さんは乃江美の話を聞いて軽く考えた。

「いいだろう。安食さんが見学したがっているのなら、本人にとってもいい体験になるだろう。木曜日の三十分だけならな」

「あ、ありがとうございます、伯父さん」

 乃江美は伯父さんからの許可を得ると安心した。


 翌日、乃江美は朝礼が始まる前に六年二組の教室へ行って安食梢に伯父さんからの許しをもらったと教えたのだった。

「ありがとう、勇崎さん。一度でいいから家元の人が生け花するところが見られるよ」

「良かったがや。……あっ、学校では標準でいけないといけないのに」

 乃江美が三河弁を出してしまったと口をつぐむと、二組の教室内で生徒たちがこんな話をするのを耳にしたのだった。

「なぁ、西小学校の校庭に変な亀裂が入って体育の授業と屋外の運動クラブが出来なくなったんだって」

「校庭に亀裂? 誰かのイタズラでしょ?」

「いや、学校にいた先生の話によれば校庭には誰もいなかったのに震動がして亀裂が入ったんだってよ」

 その話を聞いて乃江美はデラツウェルクの仕業だと察して、梢に告げてくる。

「じゃあ、あたしは三組に戻るから。木曜日にまたじゃん」

「うん、またね」

 乃江美は三組の教室に戻り、また仲間探しの守要玉の一つに異変があることに気づいた。いつものように朝礼と一時間目、二時間目と進めると、三時間目の授業が始まるまでの二十分休みの時に一階の階段下の物置近くで制服の脇ポケットに隠れていたチラとゾゾを出して、朝礼前に二組の教室で聞いた他校の校庭の亀裂のことを話す。

「他の学校の校庭に亀裂? きっと〈闘地玉〉を持つデラツウェルクの仕業ね」

「〈闘地玉〉は大地を操る力を持っているから、乃江美は気をつけないといけない。大地は雷電を防ぐからな」

「そしたらあたしピンチじゃん。何とかなる方法はあーへんの?」

 乃江美がチラとゾゾに訊くと、チラが答えてきた。

「大地は植物に養分を吸われる理だから、〈安樹玉〉の力を持つ戦士なら……」

「〈安樹玉〉の戦士……」

 その時、乃江美は思い浮かべた。もしかしたら、あの子が仲間になるんじゃないのかもしれない、と。


 水曜日は委員会の日で四年生から六年生までの初等部の生徒は自分が所属している委員会を行う教室で今後の活動について話し合う。乃江美は転校してきた時に空きがあった清掃委員会に入り、頼子は児童会の書記、梢は保健委員会に入っていた。清掃委員会は思っていたより早く終わると、乃江美は昇降口の下駄箱の近くで梢が来るのを待った。

 十分経つと委員会が終わった生徒たちが昇降口にやってきて、乃江美も梢が来るのを見計らうと梢によってきた。梢はいきなり目の間に乃江美が出たことに一瞬驚くも、対応してくれた。

「安食さん、話があるがや」

「は、話って?」

「ここじゃなんだから外で……」

 乃江美は梢を連れて校舎から離れた楓の木の下でスクールバッグから緑色のサーゲストウォッチを取り出して中を開いて守要玉の一つ、〈安樹玉〉がかすかに輝いているのを確かめた。乃江美の様子を目にして梢は首をかしげるも乃江美に尋ねてきた。

「勇崎さん、一体何……?」

「やっぱりな。あたしの考えは当たってたがや。今朝、守要玉の一つがかすかに温かみを感じてたのを。安食さんが仲間だったんだがや」

「な、仲間って……?」

 すると、二人の目の前に四つ足に長い尾の野生動物、ハクビシンの群れが数体現れた。しかもどのハクビシンにも敵意のある目を乃江美に向け、牙をむき出しにしており同じように、この前の野良犬と同じように額に黒い四方状の星が浮かび上がっていた。更に中心にいるハクビシンの頭の上にハクビシンを操るデラツウェルクがいた。

「いよーお、ルチェリノーマの伝説の戦士の人間よぉ。今日はお友達と一緒かぁ?」

 アッターカとは違ったデラツウェルクであった。乃江美の制服の脇ポケットからチラとゾゾが顔を出してきたので、梢はますます頭がこんがらってしまう。

(何で学校にハクビシンが出てきて、更に勇崎さんが白ネズミとトカゲを連れているなんて?)

 乃江美は自分のサーゲストウォッチを胸ポケットから取り出して、黄金色の光に包まれて、稲妻模様の戦闘服を着たリノーマサーゲストに姿を変えて、体が小さくなって戦士化した乃江美とチラとゾゾが二本足で立っているのを目にする梢は、自分の足元にあるサーゲストウォッチを拾いそれを手にすると、大樹と棍棒の紋章が入った〈安樹玉〉がエメラルド色に輝いて梢を包み込んだ。梢はその眩しさに目を閉ざした。その後に自分も小人の大きさになったのを見て仰天した。

「わ、わたし小さくなって……。てか、勇崎さんが全く別の姿に……」

 梢が困惑しているとチラとゾゾが梢に言う。

「小さくなったのね。やっぱりあなたにはリノーマサーゲストとしての……」

「しゃ、喋ったぁ!!」

 梢はネズミのチラが人間と同じように口を利いたのを目にしてますます困惑する。一方で乃江美はリノーマサーゲストに変身すると、武器のゼウスブリッツを使ってデラツウェルクの操るハクビシンと戦う。ゼウスブリッツから出る電撃で背や腹をみねうちし、なるべく感電死させないようにさせていた。

「へーぇ、なかなかやるなぁ。女とはいえ骨があるなぁ」

 乃江美の前に現れたデラツウェルクがハクビシンから降りてきて、乃江美の前に立つ。デラツウェルクはアッターカよりも大きな背丈で、人間にすれば一八十センチ越えの大男だろう。歳でいえば十七、八歳くらいの顔立ちで、いかり肩で筋骨も隆々している。体は茶色と灰色のボディスーツでブロンズ色の部分鎧が肩や胸などに装着されており、肌は浅黒く切れ長の黄褐色の三白眼に逆立った黒い短髪には鬼の角を思わせるブロンズのサークレットが装着されていた。

「初めましてな、リノーマサーゲストの小娘。おれはラヴィアーネ」

 デラツウェルクの男はバスを思わせる太い声で乃江美にあいさつする。梢はラヴィアーネの貫禄にビビるも、チラとゾゾに支えられる。

「わたし小さくなって、勇崎さんが変身してハクビシンの群れと戦って、あの人はデラツウェルクって何のこと?」

「安食さん、あまり信じがたいことだろうけど、これは事実なのよ。乃江美はわたしたちルチェリノーマの伝説に出てくる戦士なのよ」

 チラが梢に教えてくる。

「ルチェリノーマの戦士に選ばれるのは普通の人間……。それも善徳のある人間でないといけないんだ」

「ぜ、善徳?」

 梢がゾゾに訊く。

「乃江美の場合は勇猛。君が守要玉に選ばれたのは〈安樹玉〉による徳があったからだ」

「そう言われても……」

 梢がチラとゾゾに言うと、乃江美とラヴィアーネとの戦いに視線を移した。

 乃江美は剣を振るいいくつものの電撃の杭を出してきてラヴィアーネに放ってきた。ラヴィアーネは左拳を地面に叩きつけて岩の壁を出して乃江美が出してきた電撃を防いだ。乃江美は電撃が全部防御されてしまうと今度は剣に電撃を走らせてラヴィアーネにかかってきた。ラヴィアーネは右手だけで刀身を受け止めて更に空いた左手を拳にして地面を叩いて乃江美の周りに石の棘をいくつも出してきて形をかたどって乃江美を閉じこめたのである。

「つ、捕まっちゃった!」

 梢は乃江美の様子を目にして静止する。

「こんな檻、たたっ斬って……」

 乃江美が剣を振るうが石の檻はどうやって斬れず、ガキンガキンと石と金属がぶつかり合う音しか出せなかった。

「大地属性の檻は電撃を吸収するんだぜ。お前はカゴの中の虫だ。このままおれたちのアジトへ連れていく」

 ラヴィアーネは檻の中の乃江美に言った。そんな、と乃江美は動きを止めるとラヴィアーネが近づいてくるのを目にした。乃江美の様子を見て梢はチラとゾゾに尋ねる。

「もしわたしが光の小人の伝説の戦士なら、どうすればいいの?」

「もちろんサーゲストウォッチの赤い〈変化〉の紋にふれて……なんだけど、あなたが本当に乃江美を助けたいのなら責任だけでなく、自分からなる思いも必要よ」

「自分からなる思い……」

 チラに言われて梢は沈黙するもゾゾが梢に言ってきた。

「念じるんだ。戦士になることを……」

 梢は乃江美が出してきたサーゲストウォッチを握った。助けようとする責任と自分から戦士になる思い。その二つが重なった時、梢が握っているサーゲストウォッチの〈安樹玉〉が緑色に輝いて、梢を包み込み梢は青紫色の制服から緑色の木花を思わせる姿に変身した。

 髪の毛がはちみつ色のカールショートになり頭には緑のつる草が巻きついた金色のサークレット、衣装は詰襟の緑のパフスリーブボレロに白いブラウス状インナー、白いマーガレットを逆さにしたようなスカート、緑色のショートグローブに足元は緑色のブーティと白いレッグウォーマー。腰には四つの短い棍棒が治められていた。

「な……!? あの女もリノーマサーゲストになっただとぅ!?」

「安食さん、変身できたんがや……」

 当然ラヴィアーネも乃江美もその様子を目にし、梢の胸にサーゲストウォッチが収められていた。

「そ、それで、どうすればいいの?」

 梢は変身できたのはいいが戦い方を知らず、チラとゾゾに訊いてくる。

「腰に収めている武器――デメテルトランクを取り出して組み立てるのよ!」

 梢はチラとゾゾの指示に従い腰の四つの棍棒、デメテルトランクを引っ張り出して組み立てた。するとメタリックグリーンの一本の長い棒になり、梢の手中に納まる。

「フン、どうせ見かけだおしだろうが。これでもくらえっ!!」

 ラヴィアーネは右拳で地面を叩いて砕き、土塊がいくつものの石のつぶてになって梢に向けられてきた。

「安食さん、よけるがや!!」

 乃江美は梢に言ったが、梢は自身と共鳴する〈安樹玉〉の力によって、棒を地面につき後ろにあった楓の木の根元の先が地面からいくつも生えてきて、ラヴィアーネが放った石のつぶてを防いだのだった。

「しまった! 大地属性は樹属性には効かないんだった!」

 ラヴィアーネは自身と相手の属性について怯んだが梢は棒を上で一回転させると楓から木の葉の刃が飛んできて、ラヴィアーネは頭上に攻撃が降ってくると地面から岩のドームを出して攻撃から回避した。ラヴィアーネが隠れた石のドームと乃江美が閉じ込められた石の檻は葉の刃で切り砕かれ、乃江美は抜け出すことが出来た。

「あっ、ラヴィアーネがいないわ!」

 チラがドームの残りクズの中にラヴィアーネが消えて地面に穴が空いているのを目にした。

「逃げられたか……」

 ゾゾも敵が退却したことにくやしがった。


 戦いが終わるとハクビシンたちは額の紋が消えて目覚めて学校近くの茂みの中へ逃げていき、乃江美と梢も小人化と変身を解除して青紫色の制服に戻っていった。

「ありがとじゃん、安食さん。あたしが思ってた通り、仲間だったがや」

 乃江美は自分の危機から救ってくれた梢に礼を言った。

「あっ、いや、わたしだって敵にやられたらどうしようと考えていたし、でも勇崎さんを見捨てられなかったし、そしたら変身して……」

 梢が悪い方のもしもを言いつつも乃江美は梢がいなかったら自分はデラツウェルクにやられていたし、梢が仲間じゃなかったらと思ったがそれは口出ししないでこう言った。

「あたしも安食さんも助かったからええじゃん。これからもよろしくがや」

「うん、よろしくね。勇崎さん……。どうせなら名字じゃなくって、名前で呼んで」

「それもそうだぎゃ、梢ちゃん」

「じゃあ明日、乃江美ちゃんの伯父さんとこにお邪魔するね」

 チラとゾゾも乃江美と梢のやり取りを目にしてほほえましく感じた。乃江美にようやく人間の仲間が出来たのだから。