浅葱沼氷雨乃の文学の館


1弾・2話   光の小人の戦士


「やっぱ、この服があたしらしいだがや」

 乃江美は昼食と皿洗いの後、自分の部屋へ行って猿田さんと一緒に外に出るための服装に着替えた。さっきまではベージュのシャツと黒いアーガイルの薄手ニットと緑色のマドラスチェックのスカートという大人しめの服装から、愛知県在住時によく着ていた赤と黒のバイカラーパーカーに青いラグランTシャツに青いデニムの台形スカートという明るい色のカジュアルコーデにして、耳の後ろで二つに分けて結わえていた髪もほどいて赤いプラパーツのヘアピンで前髪を留めて更に靴に合う赤いグラデーションのバッシュシューズを履いて猿田さんと共に暁台の町を回ることにした。

 暁台の街並みは洋風や瓦屋根の和風の住宅、灰色と紺色タイル張りの公営住宅団地、住宅街の中にはコンビニや郵便局もあり、二丁目には商店街もあった。住んでいる人々も老若男女と様々で、中学生ぐらいの四人の男の子たちが自転車に乗っていたり、自動車は安全運転で一車線を走っていたり、椅子にもなるカートを押しながら買い物へ向かうおばあさん、犬の散歩をしている会社休みの中年サラリーマンなどがいた。

「お嬢さまが住んでいた豊橋市はやっぱり都市だからにぎやかだったんでしょう」

「ほっかなー、豊橋の町じゃあ駅前はビルが多かったし、自然もそれなりにあったし、休みの日になれば、お父さんとお母さんと市外のテーマパークに行ってたし……」

 父の海外転勤とはいえ、乃江美は十年以上も住み慣れた愛知県豊橋市を出て、更に幼稚園から小五までの友達と別れたのはさみしかったが。乃江美と猿田さんが住宅街を出て、森林地帯に入ると、その中は他の地区へ行くための黄土色の遊歩道と木のない所には黒い外灯や休みための木星のベンチが所々にあり、更に中央部の平地には木造のアスレチックタワーがあり、それが滑り台とブランコと登り網などの遊具が一つとなっていて、小学生半ばの子や未就学児が集まっていた。

「この町にこんな所もあったんぎゃ……」

「いい見晴らしでしょう? お嬢さまも遊んでみたらどうです? わたしは近くのベンチで待っていますから」

 そう言って猿田さんは近くのベンチの所まで引き返し、乃江美は森林遊具場の一角でぽつん、となった。

「遊んでもいい、って言われてもあたしはどうしたらいいかわからへんし……」

 学校では方言や訛りが原因でからかわられ、まだ暁台に来てから二週間しか経ってなかったけれど親しい友人のいない乃江美にとっては初めての場所で好きなように、と言われてもどうしたらいいか立ち止まっていた。

 春の今は空の色が薄青く暖かい空気が流れ白金の太陽が空の真上を照らしていた。乃江美は公園の片隅の茂みにかすかに光る物を見つけた。しゃがんで草をかき分けると、小さな透明な玉が落ちていたのだ。

「わぁ、綺麗な石がや。誰が落としたんぎゃ?」

 その石はエンドウ豆ほどの大きさで半透明の白に黄色い稲光と剣が重なったような模様が入っていたのだ。乃江美がその石を指先で掴むと、石から黄金色の光が発せられて乃江美はその眩しさにまぶたを強く閉ざして気を失ってしまった。


「うう〜、何だったんだぎゃ? さっきの光は……」

 乃江美は一瞬とはいえ激しい眩しさで目を閉ざしてしまった後にまぶたをゆっくり見開くと、あたりの光景に仰天した。

 なんと草が大木のように巨大化しており、灰色の石ころも山の岩並に大きくなっており、乃江美は突然の周囲の変化に目を丸くする。

「い、一体何があったんだがや……!?」

 その時、自分の真上でブブブという音がしたので上を見上げると、黄色と黒の体のハナアブが飛んでいたのだ。

「も、もしかして、あたしが小さくなったんじゃ……!!」

 乃江美は黄土色の土の上でひざをついて愕然とする。その時、草の茂みからガサガサと音がして振り向くと、もしかしたらカマキリなどの捕食昆虫が近づいてくるのではと察した乃江美はたまたま近くにあった小枝を見つけて剣道の練習で竹刀を持つように構えた。さっきまでは小指と同じ大きさの小枝が今はこんなに重く感じるのだ。ガサッと草の中から一匹の何かが出てくるのを見計らうと乃江美は素早く枝を振るって、ガツンと頭を叩いたのだった。

「うぎゃ〜、痛い〜!!」

 乃江美が目を見張ると、緑と黒の縞模様のトカゲが前足で頭を押さえていたのだ。

「え、トカゲ? しかもしゃべってるし……」

 トカゲは仰向けに倒れて尻尾と後ろ足をバタバタさせながらわめいていた。それと同時に白い毛に長い尾の白ネズミが草の分け目から出てきたのだ。

「全くゾゾったら何をやっているのよ〜。頭を叩かれただけでわめくなんて女々しいわよっ」

 ネズミとトカゲのやり取りを目にして、乃江美はますます頭の中がこんがらがってしまい、その場で立ち尽くしていた。

(これ、夢なの? いや、あたしは起きてるし……。これは本当のことがや……)

 その時、ネズミとトカゲが乃江美を目にして、こんなことをやっている状態でないと気づいた。

「あら〜、あなた人間よね? 初めまして。わたし、ルチェリノーマの女王さまのお使いのチラっていいます。こっちはゾゾ」

「ゾゾっていいます。初めまして……。だけどいきなり攻撃してくるのはどうか、って思うよ」

 ネズミとトカゲが名乗ってきたのを見て、乃江美はますますポカンとなる。

「ルチェリノーマ? 女王?」

 その時、チラが乃江美に尋ねてくる。

「ねぇ、あなた。さっき光る石を拾わなかった? 持っている筈でしょ」

「石? ああ、これのことか……。これとあたしが小さくなったことに関係しとるの?」

 乃江美は小さくなったままでも光る石が手元にあることに気づいた。小さくなる前はエンドウ豆ほどの石は今の乃江美の頭と同じ位の大きさに値していた。

「ああ、やっぱり。この子は勇雷玉(ゆうらいぎょく)に選ばれたんだね。この子はリノーマサーゲストなんだ」

 ゾゾがそう言ってきたのを聞いて乃江美は首をかしげる。

「リノーマサーゲスト? 勇雷玉?」

 するとチラが教えてきて説明しだす。

「わたしとゾゾはこの人間の町とは違う次元にある光の小人の国から来たの。ルチェリノーマの国は現在パナケイア女王が治めていて、更に八つの守り石、守要玉によってルチェリノーマの平和と守護が保たれていたの」

 それからチラは言い続ける。ルチェリノーマの間では光の小人をおびやかす闇の小人が現れし時に闇の小人と戦う戦士たちの伝説が伝えられてきていた。光の小人の戦士、リノーマサーゲストは人間の中にいて、守要玉の恩恵によって闇の小人と戦う力が授けられるという。

「この石、勇雷玉っていうの? でもあとの七つは……」

「実は守要玉の半分は闇の小人、デラツウェルクに奪われたんだ。もし守要玉が全部デラツウェルクの奴らに奪われたてしまったら、とんでもないことが起こると言い伝えられていて……」

 乃江美の問いにゾゾが答えてきた。

「その、とんでもないことって……」

 乃江美がチラとゾゾに訊こうとした時だった。

「キャーッ!!」

 女の人の悲鳴が聞こえてきたので、乃江美はその声を聞いてハッとなった。小さくなったからか声がいつもより大きく聞こえたのだ。

「猿田さんの声がや! 一体何が……」

 更にチラとゾゾがある気配を察して乃江美に伝える。

「これは……、デラツウェルクの悪しき波動……!」

「デラツウェルク!? 猿田さんがデラツウェルクに襲われたっての!? どうしよう? ちゃっちゃと行かんと!」

 乃江美は猿田さんの危機に向かうために駆け出していった。……だが。

「はぁ、はぁ。しまった……。体が小さくなったのを忘れてたがや〜」

 本来の大きさなら数分で走れるところ、体が小さくなっておよそ二十分の一の身の丈になってしまっていた乃江美は一メートルの距離でばててしまった。

「全く。わたしたち小人は人間以外の動物の助けを借りて生活や行動を取っているのよ。待ってて。今助けを呼ぶから」

 そう言ってチラは念じると、近くの木の枝に止まっていた山鳩がチラの念に応えるように降りてきたのだ。

「さぁ、鳩さんの上に乗ってデラツウェルクの出た所まで運んでもらうから」

 乃江美とチラとゾゾは山鳩の背中に乗り、乃江美は小人の姿とはいえ、初めて鳥の背に乗っている感覚に驚きと危なさを抱えていた。

(体が小さくなって、二組の小人の戦いに巻き込まれて、ほんでもって鳥の背中に乗って空を飛んでいる……。怖いとかどうしようの気持ちもあっけど……、学校にいる時や伯父さん伯母さんからの習い事を受けている時は楽しみとワクワク感があふれ出てくるがや!)

 乃江美とチラとゾゾを乗せた山鳩は葉や大きさの異なる木の枝の中を潜り抜け、風を切る感覚やまるで強風を受けているような圧力も受けたが、悲鳴があった所までやってくる。

「あああ……」

 家政婦の猿田さんが森林公園の道中のベンチのあたりで。二匹の野良犬に囲まれていたのだ。しかも犬たちは殺気のこもった赤い眼、額に黒い四方状の星が浮かび上がっていたのだ。

「あれはデラツウェルクの紋章!! もうあいつらの侵攻が始まっていたんだ!」

 ゾゾが犬たちを目にして叫び、乃江美は二人に声をかけてくる。

「なぁ、要するにあの犬を倒せばいいだけのことでしょ? あたしがルチェリノーマの守要玉に選ばれた戦士なら、やっつけられるってことでしょ?」

「だけども、勇雷玉はそれなりの勇気がないとあなたに力を与えてくれないの。あなたにあの人間を助ける、という勇気があるのなら……」

 チラが乃江美にそう言うと、乃江美は自信満々に言ってきた。

「あたしにはある! お父さんとお母さんがオーストラリアに行ってから、あたしは伯父さんたちとの暮らしと新しい学校で堅い生活に対する心の動悸があらすかだったんだがや! あたしはデラツウェルクと戦う!」

 乃江美がそう叫んだ時だった。乃江美が持っていた勇雷玉が光り輝いて、黄金色の光が乃江美を包み込んだ。

「うわっ!!」

 その眩しさにチラとゾゾもまぶたを閉じてしまい、乃江美たちを乗せていた山鳩もよろけるが、芝生と土の上にランディングした。

 光が治まると、チラとゾゾはゆっくりとまぶたを開き、乃江美を目にする。

「この姿は……、リノーマサーゲスト!!」

 乃江美は髪がサンドグレイになり耳の上の髪が左右一房に結わえられ、頭には金色の稲妻型のサークレット、眼も金色に変化し、衣装も黒い肩出しのインナーの上に胸を覆う白いビスチェとミニスカートの衣装、黄色い腰ストールを巻いた黄色いショートパンツ、両手には黄褐色のグローブ、足元は黄褐色のブーツでどちらにも白い折り返しがあり、衣装には金色の稲妻模様が施されていた。

「あっりゃあ。あたし、変身しちゃった!」

 乃江美も自分の変身した姿を目にして驚くも、猿田さんに襲いかかる野良犬の気配に察する。普段の乃江美の背丈なら乃江美の肘までの高さと一メートル位の全長の犬が、小人姿の乃江美から見ればビルを壊しにきた怪獣のように見えた。

「ウォン!!」

 こげ茶色の毛の野良犬が乃江美にかみつこうと飛びかかってきた。乃江美は危険を察して思わずジャンプした。すると、バッタが跳躍するように乃江美も足元から大きくジャンプしたのだった。

「なっ、何がや〜!? 変身すっとスペックも上がるのか〜」

 乃江美がこの光景に驚いていると、今度は黒い毛の犬が乃江美に飛びかかろうとしてきた。

「わーとっと!!」

 乃江美は犬にかみつかれまいと、犬の頭の上に乗っかって、犬は乃江美をかみ損ねて牙が強くかみ合った。乃江美は黒犬の背にまたがり、チラとゾゾに訊いてくる。

「次はどうすれば犬をやっつけられるんがや?」

チラとゾゾは顔を見合わせて、リノーマサーゲストの持ち技があったが思い出すと、チラが乃江美に向かって言ってきた。

「勇雷玉に念を送って! そうすれば、武器が出てきて、どういう技を使いたいか実現できるから!」

「わ、わかった!」

乃江美は変身した時に勇雷玉が懐の中に入っていると探ると、胸に手を当てて念じる。

(勇雷玉、あたしに武器を! そしてこの技を使いたい!)

 すると勇雷玉が黄金色の光を放って、乃江美の目の前に一本の剣が出現する。銀色の中振りの刀身に金色の稲妻のついた柄で、乃江美の掌中に納まった。

「勇ましき雷電の剣、ゼウスブリッツだ!」

 ゾゾが剣の名前を乃恵美に教える。

「後はこの犬たちはデラツウェルクに操られているだけだから、犬を正気に戻してあげて! ルチェリノーマの伝説の戦士なら出来るわよ!」

  チラが乃江美に向かって伝えてくる。すると乃江美がまたがっている黒犬が乃江美を振り落とそうとしたが、乃江美は犬にしがみついて左手で犬の毛をつかみ右手にゼウスブリッツを持ってデラツウェルクに操られた二匹の犬を正気に戻す技を思い浮かべる。

(どうせなら、こうしてああすればいい……)

  乃江美はゼウスブリッツを両手で持って構えて、剣の刃に黄金の電撃が込められ、頭上で円状に振り回した。

「ゼウスフォルゴーレ!!」

  乃江美が円状に剣を振り回すと、剣から電撃が八方に放たれ、野良犬は電撃を受けて叫んだ。

「ギャワーン!!」

  電撃を受けた二匹の犬は黄金の光を浴びて、額に浮かび上がった黒い四方星の紋章が消えてばったりと倒れた。猿田さんは小人の戦士姿の乃江美が見えておらず、二匹の野良犬が自分に襲いかかろうとしてきたら、突然仲間割れをしだして、そしたら突如眩しい光が発せられてきて思わずまぶたを閉ざしてしまううも、目が慣れてくると二匹の野良犬はぐったりと横倒れしており、犬が起き上がると猿田さんの前から去っていってしまった。

「今のは一体……?」

猿田さんは何が何だかわからず、首をかしげていた。


「わーとっと!!」

乃江美は技を発動させた後、デラツウェルクの洗脳が解けた犬が横倒れして乃江美も落下しそうになったが、素早く跳んで地面に着地した。それと同時に野良犬もドシーンと倒れるが、乃江美は下敷きにならずにすんだ。

「見た? ゾゾ、あの子はリノーマサーゲストだったわ」

「あ、ああ。初めての戦いとはいえ、デラツウェルクの操り駒にされていた犬を正気に戻したんだ……」

 乃江美のいる所から離れた草の茂みにいたチラとゾゾは乃江美の活躍を目にして感心する。チラとゾゾの知らない所で野良犬を操っていた影が乃江美の戦いぶりを見て呟いた。

「ただの人間のくせに、やるな。だが、報告はしておかないとは」

 犬を操っていた者はこの場から去っていった。


 乃江美は戦いが終わると、淡い金色の光に包まれて、サンドグレイの髪と稲妻模様の衣装から普段の褐色の髪にパーカーとデニムスカートの服装に戻った。

「これがリノーマサーゲストの力か……」

 パーカーの懐には勇雷玉が納まっていた。このまま小さいままか、と乃江美が思っていた時、勇雷玉が乃江美の意思に応えるように乃江美はまた黄金色の光に包まれて、元の人間の大きさに戻った。

「お嬢さま? いつの間に戻っていたのですか?」

 猿田さんが乃江美を目にして尋ねてくるも、乃江美はどうしたらいいか言おうとしていると、猿田さんが手首の腕時計を目にして言った。

「もうすぐ三時ではないですか。もう帰らないと、だんな様が心配しますよ。さぁ、行きましょう」

「あ、あの……」

 乃江美はさっきまでの出来事が言えずに猿田さんに連れられて、倉橋家に帰ることになってしまった。


 倉橋家に戻った乃江美は出かける前のアーガイルのセーターとシャツとチェックのスカートに着替えようと自分の部屋に入って押し入れの中のタンスを開けて、パーカーを脱ごうとした時、パーカーの両ポケットに膨らみがあることに気づいた。

「なんがや、これ?」

 パーカーの膨らみを触ってみると、「ヒャッ」という声がして、乃江美は驚くもポケットから白ネズミと緑縞トカゲ――チラとゾゾが出てきて、ローテーブルの上に乗っかったのだった。

「な、何であんたたちがあたしについてきたんぎゃ!?」

 乃江美は仰天するも伯父さんたちに聞かれないようにとチラとゾゾに尋ねる。

「何で、ってリノーマサーゲストになった人間のサポートをするのが、わたしたち女王の使いの役目だからよ」

「これから世話になるんでよろしく。まさか、嫌ってないよね?」

 チラとゾゾがここに来た理由を聞いて、乃江美は首を横に振る。

「いやいや、悪い小人と戦う戦士で小人になって変身することには正直おったまげたけど、全然OK! よろしくじゃん、チラ、ゾゾ」

 両親と離れて厳しい伯父夫婦の元に身を寄せてから堅実で慎ましすぎる日々を送っていた乃江美だったけど、光の小人ルチェリノーマの伝説の戦士に選ばれて、闇の小人デラツウェルクとの戦いに身を投じることになった乃江美だったけど、この出来事は悪くなく自分に向いていると信じてチラとゾゾとの受け入れを喜んだのだった。