ゴールデンウイーク最終日、陽司は学校のテキストや着替えなどの入ったドラムバッグを持って駅の改札口にいた。暁台駅は白と灰色の広々とした構内にキオスクやトイレや待合室もあり、陽司以外の人々も利用に来ていた。 陽司を見送りに来た伯父さんと伯母さん、乃江美は陽司に別れを告げた。 「それじゃあ、父さん、母さん、乃江美。東京の高校に着いたら連絡送るから」 「ああ、また夏休みにな」 伯父さんは息子に別れのあいさつを告げると乃江美も「どうもありがと」と手を小さく振って陽司に告げた。陽司が駅ホームに入ると、伯父さんと伯母さんが乃江美を見る。 「これから乃江美は学校の友達と外せない約束があったから、駅でわたしたちと別れるんだったな」 「あ、はい。やましいことやってごめんなさい……」 乃江美は伯父さんに下目づかいで言ってくると伯母さんが伯父さんに言った。 「あなた、乃江美ちゃんも転校先の友達とつき合ってもいいじゃないですか。家の中で家事や勉強や稽古事ばかりだと、この子の負担にもなるんですよ」 伯父さんは肩をすくめて伯母さんの意見に従った。 「わかった。だけど夕方四時までには帰ってくるように。明日からまた学校なんだから」 「はい。それじゃあ行ってきます」 乃江美は伯父さんと伯母さんの元から去ると、伯父さんは乃江美が一ヶ月前とは随分変わったことに様子を窺うも、乃江美の方言や訛りのせいで友達がなくいじめに遭っているよりはいいかと思った。 乃江美は駅構内から出ると、駅広場にある楠の根元の石板の紋様を見つけ、更に服のポケットからサーゲストウォッチを手に取って黄色の紋章を石板に向けて黄金色の光に包まれると、王宮の中庭に立っていた。町の中にいた時のチラとゾゾは乃江美より年上の少女と少年の姿になっていた。 「乃江美、ようやく来たのね。わたしたちはもっと早く来ていたわよ」 中庭には舞風、梢、そして二日前に仲間になったばかりの澄季もいた。 「すいません。陽司兄ちゃんの見送りに行ってたもんで……。だけど智吉くんはどうやってルチェリノーマの王宮に?」 乃江美が澄季に訊くと澄季は苦笑いしながら答える。 「ああ、町内会のゴミ掃除の帰りに偶然出会ってね……。お母さんたちにはちゃんと出かける許可をとったから」 「それじゃあ、女王さまに謁見しましょう」 チラがみんなに言うと乃江美たちは中庭から王宮に入り、天上の灯りでキラキラ輝く廊下を歩いて、女王のいる謁見の間にやってくる。 「失礼します」 チラとゾゾが謁見の間に入ると、色白の肌に藍色の双眸に長い髪を編み上げにまとめて、この日は青いドレスにドレスにあう青い宝石のカチューシャやイヤリングやネックレスを身につけたパナケイア女王が椅子に座って待っていた。 「お久しぶりね、チラ、ゾゾ。あなたね、最後の伝説の戦士になったという人間の子は」 パナケイア女王は澄季を見て尋ねてくる。澄季もパナケイア女王の神々しさに目を見張るも、うやうやしくあいさつした。 「初めまして、智吉澄季といいます。学校は五丁目にある菫崎学園初等部……」 「そこまで紹介することはないわ。さて、これでデラツウェルクの侵攻を阻止するための守要玉に選ばれた四人の戦士がそろったわね」 パナケイア女王が乃江美・梢・舞風・澄季を目にして告げてくる。するとゾゾが女王の前に出てくる。 「女王さま、澄季がリノーマサーゲストとして覚醒した日に人間たちの多く集まる集会所でデラツウェルクが現れ、〈誠鉄玉〉の力で金属人形を操ってきました。戦いの中、そのデラツウェルクは女王さまに仕えていた大臣、ヌフリエレさまでした」 それを聞いて女王は仰天する。 「な、何ですって!? ヌフリエレがデラツウェルクについてたですって? ……わたしはヌフリエレがある日突然いなくなったことには知っていたけど、まさか……」 パナケイア女王は自分の忠臣が敵になっていたことに呆然する。その時、新参とはいえ澄季が女王に尋ねてきた。 「デラツウェルクが人間の町に侵攻してくる悪者ってのはわかるんですけど、出現の時期とかどうやって知ったんですか?」 澄季の言葉に梢と舞風もそういえばそうだ、と興味を持ちだす。 「そうだったわね。このことは四人全員そろったら話そうって考えていたのです。モル、モルや!」 女王は執務長の小人、モルの名を呼ぶと謁見の間にモルが入ってくる。 「は、ここに。それと例の物をお持ちいたしました」 そう言ってモルは女王に持ってきた物を渡す。銀のトレイに乗せられたそれは、二枚の粘土板で赤茶色の長方形の板の表面に文字が刻まれていた。目の見えない者でも指でなぞってわかるように凹んでおり、また平仮名でも片仮名でも漢字でもアルファベットでもない文字であった。地図記号や絵文字によく似た文字で、小人たちの文字であることは乃江美たちでもわかるのだが……。 「これは随分と古い――今から数百年前に刻まれたもののようで、わたしが読みあげます」 モルが乃江美たち人間とチラとゾゾと女王に粘土板の内容を語る。 太陽と月の恩恵の光から生まれし生命、ルチェリノーマ。かの地は小人たちの楽園で木や石や地中に住処をつくり、食物も多々、花や葉の衣をまとい、暮らしのための鳥や獣を操る力を持つ。 いずれかの地は大いなる者の出現で小人たちの楽園が失われ、森を切り拓かれ土を塗料で塗り固められ、川を汚され空気を荒ませる。小人たちの長は楽園を失いし後、古(いにしえ)からルチェリノーマを守り続けてきた守要玉で楽園とは異なる次元に小人の国を創造し移り住むだろう。 小人の国、地上の楽園とはかけ離れた狭さだが、ルチェリノーマは田畑や家、神殿を造り慎ましく暮らす。 地上の楽園を人間に奪われ憎む小人、闇の小人デラツウェルクと化し、小人の国の守要玉の半分を奪い、人間たちに復讐を仕掛ける。 ルチェリノーマはかつての同族を阻もうとしたが仲間を傷つけることを恐れ、善徳ある人間たちにデラツウェルクを止めることを委ね、残った守要玉の力でデラツウェルクと戦う力を持つ戦士となるだろう――。 「それがあたしたちだったと?」 乃江美が粘土板の予言の内容を聞いて、女王に訊くと彼女は軽くうなずく。 「そうです。でもまさか、ヌフリエレがデラツウェルクになっていたのには、わたくしも思ってもいませんでした。これは推測ですが、ヌフリエレに人間への恨みがあって同じく人間たちに恨みを持つ小人を集めて人間の町に侵攻を仕掛けてきたのではないかと……」 すると梢が予言の内容でデラツウェルクが何故出てきたのかがわかったように思いついてくる。 「そうか! 暁台はもともと小人たちの住むところだったんだ。だから暁台の特定の場所に小人たちの国へつながる紋様の石板があったのは……」 「そうです。今の暁台の各地にある紋様の石板は小人たちが遠くの地へ移るための陣でした。しかし、人間たちが町を造ってから石板は小人の国と暁台を行き来するためのものになりました」 モルが梢の言葉を聞いて伝えてくる。 「あたしは暁台に住むようになってからはまだ一ヶ月しか経ってないから知らへんけど、暁台っていつからあるがや?」 乃江美が梢と舞風と澄季に尋ねてくる。 「そうねぇ、あたしも暁台に住むようになったのは小五の時で、以前郷土の歴史を調べた時、十五年前に出来たって資料に記載されていたけど……」 「十五年前! 思っていたより新しい町だったんがや、暁台って……」 そういえば伯父一家は以前、千葉県の松戸市に住んでいたと聞いたことがあった。今から十年前に暁台で新しい土地を買ったのを機に引っ越ししたのだという。まさか今の家の庭に小人の国へと通じる石板のことにはまったく気づいていなかったようだが。 「それで自分たちの住処を奪った人間たちに復讐してくるようになったのか」 澄季が地上の楽園を奪った人間たちに復讐を決めた小人がデラツウェルクとなった経緯を聞いて納得する。 「あのう女王さま……、まさかデラツウェルクってわたしたちが関わった四人の他にも、まだたくさんいるってことないですかね?」 梢がアッターカたちの他にもデラツウェルクが存在しているのではないかと、女王に尋ねてきた。 「それは……ないわ。デラツウェルクは奪った守要玉で強化して、動物を操れるから他の小人を仲間にすることは少数までで充分なのよ」 「てぇことは、あたしたちがデラツウェルクの持っている守要玉を取り戻せばええってことがや! どっちも四人ずつだから、有利までとはいかへんけど、不利にまではならんじゃん!」 乃江美が単純かつわかりやすい案を思いついて叫んだ。それを聞いてチラやゾゾや梢たちが「ええー!?」となる。 「だけどノープランっていくのもなんかなぁ……」 梢が気弱そうに答えた。 「乃江美の言っていることは間違っちゃいなけど、敵なんていつどこで出てくるか……」 舞風も口を直線に結んで言った。 「敵が出たら立ち向かうのはそうだけど、当たって砕けるのはなぁ……」 澄季も答えた。だが乃江美はみんなに伝えてきた。 「あたしは暁台に来てから、お父さんとお母さんが帰ってくるまで伯父さんの家で稽古事したり、知り合いが一人もいない学校に通って意地悪されたり、宿題以外の勉強もしたりと素っ気なくってもの寂しい日々を送ってんよな。だけど、チラとゾゾと出会ってからデラツウェルクと戦ってくれる人間を探していると聞いた時、熱くて高鳴りがし始めて猿田さんがデラツウェルクに操られた野良犬に襲われた時、リノーマサーゲストに変身出来た時はホントに良かったって思ってんがや。危ない目にも遭ったけれど、みんなと出会えて嬉しかったじゃん……」 乃江美は自分のこれまでの経緯を皆に伝えたのだった。要するにルチェリノーマとデラツウェルクの件で自分の活かし方が出来たことを。 「おいらたちと出会わなかったら、今のメンツに至らなかったんだよなぁ……」 ゾゾが乃江美の言葉を聞いて一理あるとうなずく。チラや女王、梢たちも乃江美の様子を見て微笑ましく感じた。 それから乃江美たちは今後のデラツウェルクとの戦いに備えて暁台の町に帰り、明日からの学校生活に戻るために自分の家へ帰っていったのだった。 一方デラツウェルクの隠れ家――暁台の六丁目の真北の小山の洞くつでパナケイア女王に仕えていた大臣でありながら、闇の小人となったヌッレはアッターカ、ラヴィアーネ、デリョーラにあることを伝えてくる。 「皆の者、我々の楽園を奪い自然を荒らし水を濁し空気を荒ませた人間たちに対する裁きを与えるために、暁台の南の地へ向かう。そこで我々の求めている例の物があった。奴らから他の守要玉を奪い、我々の願いを叶えようではないか」 ヌッレは他にも三人に言った。 「あそこか。以前おれが闘地玉の力であいつを追い詰めた時に、他のリノーマサーゲストが出てきたとこじゃねぇか」 ラヴィアーネが場所の位置を聞いて思い出して口にする。 「ああ、後でわかったとはいえ、例の物があるなんて知らなかったよ」 「ホントよね〜」 アッターカとデリョーラも言った。 「それはそうと、あの女がどれ位の力を手に入れたか気になるしなぁ」 今は薄くなっているとはいえ、アッターカは乃江美につけられた傷をさすりながら笑ったのだった。 |
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