浅葱沼氷雨乃の文学の館


1弾・13話   終わりとこれから


『破生の盤』が破壊されて白と黒の波動が出てきた後の衝撃で乃江美たちはどれ位気を失っていただろうか。乃江美はまぶたを震わせると、戦士としての姿から青紫の制服を着た小人の姿でいたのだった。

「う、ここは……。み、みんなは!?」

 乃江美は辺りを見回す。チラは白ネズミでゾゾはトカゲの姿で梢と舞風と澄季は青紫の制服を着た小人の姿になって気を失っていた。それから乾いた地面と緑生い茂る森の中にいると察すると、ここは菫咲学園近くの森林地帯だと察した。『破生の盤』があった場所には中途半端に削られた岩があるのを目にすると、『破生の盤』を壊せたと乃江美は安心したのだった。

(そういやアッターカたちは!?)

 乃江美がデラツウェルクがどうなったかを別の方向を見回すと、自分たちのいる場所から随分離れた場所に装甲姿の小人たちもいたことを確かめる。

「うう〜ん……」

 梢と舞風と澄季とチラとゾゾも起き上がって皆の安否を目にする。

「みんな、良かったじゃん!」

 乃江美は仲間たちのいる所に駆け寄る。

「ああ。乃江美が『破生の盤』を壊してくれたからね」

 舞風が答えてきた。

「だけど、『破生の盤』が壊れた時にまたおかしなのが出てきて爆ぜた時はさすがにマズいと思ったけどね〜」

 梢が一時はどうなるかと思っていたが全員無事だったことに述べてきた。

「あっ、デラツウェルクがいるじゃないか! また何かしてくるんじゃ……」

 澄季がデラツウェルクのことに気づいて後ずさりする。その時、デラツウェルクの四人が身を起こしてきた。梢は仕返しを恐れてチラとゾゾの後ろに身を隠す。

「お前たち」

 ヌッレが乃江美たちに声をかけてきて近づいてきた。乃江美たちはまた攻撃を仕掛けてくるのかと身構えていたが、デラツウェルクの四人は自分がルチェリノーマの宝物殿から奪った守要玉の四つを乃江美たちに差し出したのだった。

「我々の負けだ」

 ヌッレはそう告げると守要玉を返したのだった。

「お前たちの言っていたことは正しかった。だが暁台に住む人間たちのことは赦せずいる。我々はこの地を去る」

「ま、待って!」

 チラがヌッレに声をかけてきた。

「あたしとゾゾが女王さまに頼んで、あなたたちを赦してもらうようにしてあげるわ……」

 だけどヌッレはこう答えてきた。

「我々は一度ルチェリノーマの新たな国で罪を犯し、幾度も人間や暁台の生物に迷惑をかけてきた身。もうそこには帰れん……」

「ヌフリエレさま……」

 ゾゾがルチェリノーマの国から去ろうとするヌッレの本名を口に出す。

「もうヌフリエレはいない。すでに死んだのだ」

 ヌッレがそう言うとラヴィアーネが乃江美たちに言ってきた。

「だけどよ、お前たちもわかる筈だぜ。人間がどういう奴らかを」

 続いてデリョーラも言ってくる。

「覚えておきなさいよ。反乱の火種がどこでくすぶっているかを」

 そしてアッターカが乃江美に言ったのだった。

「永遠にさよならまでとはいかんが、生きていたらどこかで会うかもな」

 デラツウェルクの四人は乃江美たちの前から去っていったのだった。

「そういえば、あの四人が守要玉を返してくれた、ってことはぼくたちの守要玉は……?」

 澄季が気になって衣服をまさぐると、制服の胸ポケットにはサーゲストウォッチがあって、ちゃんと守要玉が納められていたのだった。

「良かった。ちゃんと戻っていて……」

 梢も一息ついて舞風が言う。

「みんな、わたしたちも元の大きさに戻って学校に引き返しましょう」

 チラが乃江美に言ってくる。

「守要玉をルチェリノーマの国に返すのは、みんなが落ち着いてからの方がいいわね」

「それもそうだったがや。あたしたちテスト中だった……」

 乃江美は突然のこととはいえ、テスト中に学校を抜け出したことを思い出したのだった。乃江美たち四人はサーゲストウォッチの赤い盤で小人から元の人間の大きさに戻って、菫咲学園の校舎へ駆けていったのだった。


 校舎に戻るとデラツウェルクに操られていた生徒や教師たちは正気に戻り、操られていた時の記憶はなかった。乃江美たちは乗り物にしたウサギを飼育小屋に戻し、こっそり校舎に戻って教室でテストを受けたのだった。乃江美はテスト問題に四苦八苦したが、無事追試と居残り授業からは免れたのだった。


 デラツウェルクとの戦いと暁台の存亡の危機が終わってから幾日が経った。乃江美は菫咲学園に通い、伯父さんと伯母さんから華道と裁縫の稽古を受けて、家政婦の猿田さんから料理や家事を教わる日々を過ごしていた。

 ただ暁台で暮らすようになってから乃江美はルチェリノーマであるチラとゾゾ、リノーマサーゲストになったことで友好になった梢と舞風と澄季と学校休みの日には交流しだしたことである。

 乃江美たち四人とチラとゾゾは五月末の暁台駅に集まって駅広場の楠の下の石板を通って、ルチェリノーマの国に訪れた。彼らがいつもルチェリノーマの国に入る時は必ず王宮の中であった。この日はいつもと違っていた。

 チラとゾゾはネズミとトカゲの姿から小人の姿に戻り、乃江美たちは服装はそのままの小人になっている。女王と謁見の間で対面して、乃江美たち四人は自分が持っている守要玉とデラツウェルクが返してくれた守要玉を渡した。

「みんな、どうもありがとう。守要玉を返してくれて……」

 パナケイア女王は乃江美と梢と舞風と澄季に礼を言った。それからチラとゾゾにも目を向けてくる。

「チラとゾゾもどうもありがとう。あなたたちのおかげで、この子たちはデラツウェルクの野望を止められたのです」

「そんな滅相もございません……」

「だけどヌフリエレさまたちは罪を犯したからと、自らルチェリノーマの国を出ていきました……」

 チラとゾゾは元はルチェリノーマだったヌフリエレたち四人がルチェリノーマの国を去っていったことを告げてくる。

「そうですか……。でも彼らも自分たちの過ちを認めたからこそ、あえて去っていたのでしょう」

 パナケイア女王は自分の忠臣だったヌフリエレが去っていったことには残念がっていたが、乃江美たちに尋ねてくる。

「あなたたちに何か褒章を与えなくてはなりませんね。何がよろしいでしょうか?」

 パナケイア女王に訊かれて四人は顔を見合わせて、同時にこう答えてきたのだった。

「ルチェリノーマの国を見せてください」

 乃江美たちの意外な要望を聞いてパナケイア女王もチラとゾゾも執事長のモルも一瞬静止するも、乃江美たちは理由を述べてきた。

「あたしたち、暁台は元々ルチェリノーマたちの楽園で、人間たちの町開発で小人たちは別の空間に移り住んだって知ったから……。あたしたちはルチェリノーマの国は王宮の中でしか知らないし、どういう生活をしているのかもまだ把握しとらんかったし……」

 梢も続けて言ってきた。

「わたしもルチェリノーマの国にはどんな花や木があって、花びらの色や葉の形をしてるか知りたいんです」

 舞風も自分なりの意見を述べてきた。

「他にもどんなルチェリノーマがいるか知りたいわ」

 澄季も答えてくる。

「ぼくも王宮の外を知りたいです」

 乃江美たちの理由を聞いてパナケイア女王はにっこり笑う。

「いいでしょう。紹介してあげます。今のルチェリノーマの国を」


 乃江美たちは王宮の中を進んでいって、王宮には図書室や学舎、会議室や用途に合わせた客間があり、途中でルチェリノーマの大臣や召使い、侍女と出会い見かけも性格も違うことを知ったのだった。

 外から見える大広間に着くと、金糸銀糸のレースのカーテンが左右に開かれると、ロココのような格子窓が左右に開くと広いバルコニーに出た。

 空は白いオーロラのようなピンクと緑の光に覆われ、あちこちに緑の木々が生える果樹園や街路樹、老人や若者のルチェリノーマが畑を耕し、男のルチェリノーマがイタチを荷車につなげて荷物を運んだり、女のルチェリノーマは町の中の水路でタライと砧で洗濯をし、ルチェリノーマがどういう風にくらしているか乃江美たちは目にすることが出来たのだった。

 他にも町の外れには地上から持ち込んできた野生の綿花や食用キノコの林、野イチゴやハシバミなどの木の実は小人とほぼ同じ大きさであったが荷車に乗せてイタチが引いていた。

 家屋は屋根も壁もパステル調が多く、切妻や方形屋根の家はおとぎ話の印象を与え、ルチェリノーマの服装も柄入りのリボンで縁取ったベストやスカート、帽子や頭巾も三角や星などの刺しゅうで施され靴は木の繊維の布に草や花びらの色で染めた編み上げブーツ型サンダルや平靴を身につけていた。

「……暁台が出来るまで、ルチェリノーマはこういう風に地上で暮らしていたのね」

 梢が今の暁台とは別の空間に創られたルチェリノーマの国を見て言った。

「知らなかったとはいえ、わたしたち人間が小人たちの暮らしを失わせたのよね」

 舞風もデラツウェルクの言葉を思い出して口にする。

「でも失ったものもあれば、得られたのは小人も人間も同じなんだよね」

 澄季が言った。

「あのう、時々ルチェリノーマの国に来てもいいですか?」

 乃江美が女王に訊いてくると女王はほほ笑んで答えてくる。

「もちろんですとも、あなたたちは特別ですから」

「そういえば、チラとゾゾはこの後どうしますかね?」

 モルがチラとゾゾに尋ねてくると、二人はためらわずに答えてきた。

「もちろん、乃江美たちと一緒に」

「乃江美は暁台のことはまだ知らないし、おいらたちが教え役にならないと」

 それがチラとゾゾの答えだった。


 乃江美たちは王宮の中に戻ると、女王から「持っていてもいい」と許されたサーゲストウォッチの黄色の盤を使って帰り、暁台駅の広場の木の下に移動していた。

 駅広場はこれから電車に乗る人や電車から降りてきた人が数人いて、空は青空に白い雲がいくつも浮いていて、太陽は西に近づいているところだった。チラとゾゾは白ネズミとトカゲの姿に戻り、乃江美のパーカーのポケットに入っていた。

「それじゃあ、またね」

 舞風が乃江美と梢と澄季に告げて自分の家がある地域へ帰っていった。

「それじゃあ、ぼくも」

「また次が来たら会おうねー」

 澄季と梢も自分の家へ帰って乃江美と別れて行った。

「そんじゃあ、あたしたちも帰らんとな。今の家へ」

 乃江美はチラとゾゾにそう言うと、一丁目にある倉橋家に足を向けていった。

 乃江美は始めて暁台に来た時はしつけの厳しい伯父さんの元で堅苦しくて慎まし過ぎる生活を淡々と両親の帰国まで耐えないといけないと思っていた。

 だけど、先住民である二組の小人とのめぐり合いで乃江美は少しずつでも自分が快活で気楽にやれる方法を見つけ出すことが出来たのだった

ほんの一瞬の出来事がつまらなさや辛さを変えてくれたことを。