浅葱沼氷雨乃の文学の館


1弾・1話   暁台での新しい生活


それじゃあお兄さん、乃江美(のえみ)のことをお願いします」

 ベージュのパンツスーツを着た耳かけショートヘアの女性が瓦屋根の門前で家の主である黒い着流しに灰色の袴の男性に言った。女性は和やかそうな顔つきに対し、男性は短い天然パーマに眉間にしわを寄せた強張った顔つきをしていた。

「おーい、悦代(えつよ)。もう行くぞー」

 家の近くのタクシーの後部座席から女性の夫が女性に声をかけてきた。言葉に語尾の高い訛りが入っていた。

「お母さん」

 乃江美は母に声をかけてくる。タクシーにいる父と同じ語尾高い訛りだった。

「時々メールを送るから。乃江美、伯父さんと伯母さんのいうことはちゃんと聞くのよ。近所の人や新しい学校の人たちに迷惑をかけないようにね。夕方出国するから行ってくるね」

 母はそう言って乃江美に別れを告げると、タクシーの後部座席に乗って、窓から手を振りながらタクシーはブロロロ……とエンジンをかけて成田空港に向かって走っていった。

「乃江美、中に入りなさい。もうすぐ昼食の時間になるぞ」

 伯父である倉橋譲太郎(くらはし・じょうたろう)が乃江美に声をかけてきた。乃江美は伯父の言葉に従って、伯父の家の中へ入っていった。

 倉橋家は暁台(あかつきだい)一丁目の中にある八十坪の敷地の中に紺色の瓦屋根と白い漆喰の塀に一階建ての?字型の日本風家屋で、中庭には池と石灯籠、門前をくぐってすぐ右手前には離れの華道教室があった。

 家の中はふすま戸や格子戸が多く、床も板張りで居間と客間と台所と風呂場とトイレの他に五畳間の部屋が十もあり、乃江美は空き部屋の一つを与えてもらった。床には畳が五枚敷かれ、天井には紙製の笠の電灯がつり下がっていた。他には伯父さんが用意してくれた勉強用の木製の低い長机、他に三段の本棚、パソコンを置くための木のローテーブル、押し入れの上には冷暖房エアコンが壁付けされていた。押し入れの対となる造り棚には小さなテレビも置かれていた。

「まぁ、ある程度は自分の家と同じようにしてくれたんだな」

 乃江美はそう呟くと、部屋に置かれていた黄色のリュックサックと白い合皮革のボストンバッグから服を取り出すとこれまた伯父さんが用意してくれた押し入れのタンスに入れた。それから暇つぶしの携帯ゲーム機やソフトは押し入れの引き出しの奥に入れ、お気に入りの漫画を本棚のなるべく死角になる場所にしまうと、乃江美は居間へ向かって早歩きした。

 居間は十畳程の広さで、出入口の向こうの格子戸を開くと中庭が見えるようになっていた。他にも三十六インチはあるテレビ、こたつテーブルに電話台、印鑑などを入れるタンスもあった。

 居間はすでに伯父が上座に座り、続けて髪の毛をアップにして赤紫の着物を着た伯母さん、それから白髪まじりの髪をショートウェーブにした家政婦の猿田(さるた)さんが食事を運んでくる。乃江美が空いている席に着こうとしたら、伯父さんが遮るように言ってきた。

「乃江美、伯母さんと猿田さんが昼食を運んでいるというのに、お前は何もしないのか?」

 冷たい言い方だった。乃江美は何か言おうとしたが、言葉が思いつかなかった。

「ここは乃江美の家じゃないんだ。伯母さんや猿田さんだけでなく、乃江美にも家事をする務めがある。わかったのなら、二人を手伝いなさい」

「……はい」

 乃江美は伯父さんに言われて、昼食を運ぶことにした。家ではお母さんから言われたらやっていたけど、それは母一人では手が足りない時だけであった。昼食の総菜や主菜のアユの塩焼きが全部運ばれると、伯父さんの隣に伯母さん、その向かい側に猿田さん、伯母さんの近くの席に乃江美が座る。

「いただきます」

 乃江美がはしに手を伸ばそうとした時、伯母さんが止めてきた。

「伯父さんが食べ始めるまで待ってなさい」

「えぇ!?」

 乃江美が伯母さんに止められると、伯父さんははしを手に取って焼き魚を上手くさばいてからその一口を食べると、伯母さんと猿田さんもはしを手に取った。乃江美も伯母さんの動きに合わせて、昼食を食べ始めた。

 食べ終える時も伯父さんが先で、伯母さんと猿田さんも食べ終えると、伯父さんの食器を運び出す。乃江美も食べ終えると食器を重ねて台所まで運んで行った。台所は客間と居間の間にあり、両方の部屋に行き来できるように造られていた。食器を運ぶと、猿田さんが流しで食器を洗っていた。乃江美が食器を猿田さんの近くに置いて、自分の部屋へ行こうとした時、伯父さんが立ち上がって猿田さんに言ってきた。

「猿田さん、乃江美が使った食器は乃江美に洗わせるように。女の子ならやって当然なんだ」

「大丈夫ですよ、だんな様。お嬢さまの食器くらい……」

 猿田さんはそう言ってきてくれたのに、伯父さんははっきりと意見をぶつけてきた。

「乃江美はここに置いてもらえる代わりに、当主であるわたしに従う義務がある。甘やかしたりしたら乃江美が何もしなくなるだろう」

 伯父さんの重い言葉に乃江美は強く叩かれたように体を震わせた。


 勇崎乃江美(ゆうざき・のえみ)は愛知県豊橋市に生まれ、自動車会社勤めの父・太紀(たいき)と専業主婦の母・悦代の一人っ子娘として生まれて可愛がられてきた。そのため愛知県生まれの父譲りの三河弁を話し、標準語を話す時も語尾の強い訛りも入っていた。

 幼い頃から堅気と質素が嫌いでスリルと快楽を好み、単純で冒険心の強い乃江美は友達もたくさんいた。勉強は図工と体育が得意で算数と国語の作文が苦手。家庭内では母に言われたら片付けや掃除や洗濯物を畳むのなら出来る。乃江美は平均的な能力持ちだけど、両親にも友達にも生活環境にも恵まれまくっていたのだ。

 小学五年生の終わりに近づく頃、乃江美の父はオーストラリアに二年間転勤することが決まってしまう。両親は海外生活は自分たちだけならともかく、娘の乃江美に日本国外の生活は出来ないだろうと察した。乃江美はスポーツは出来るが勉強は苦手、英語は簡単な会話と単語しかわからず、オーストラリアでの生活は難しいと判断した。

 母は自分の兄である倉橋譲太郎に自分たちの海外転勤が終わるまで乃江美を預かってもらえないだろうかと相談してきた。伯父夫婦は一人息子を折角東京の高校に進学させられたと思っていたら、次は妹夫婦の子の面倒を見ないといけない状況に陥ったが、やむを得ず受け入れたのだった。乃江美は三月末に伯父夫婦の元に来て、その時は空港に行く前の両親も泊まってくれた。四月最初の日に両親は旅立ち、乃江美はこの時から伯父一家と暮らすことになった。

 伯父の譲太郎は千葉県の華道の家元の一人で、乃江美を預かることになったとはいえ、乃江美が三河弁や愛知訛りが多く、また乃江美の普段着がビビットカラーや水玉などの柄入りの服が多いと知ると、「こういうのは遠出の時だけにして、普段は質素で控えめな服を着るように」と乃江美に注意してきた。男子は勇ましく賢く、女子はつつましく淑やかなのが相応しいというのが伯父さんの思考であった。

伯母の素子は和裁教室の先生で、伯父さんほど厳格ではないが折り目正しいのとしっかりした人格で、乃江美に礼儀作法と女のたしなみとして裁縫を教えることになった。

 家政婦の猿田麻恵(さるた・あさえ)は子供たちが全員成人していて自立していって、夫も先立たれていたけど伯父さんのはからいで倉橋家の家政婦となり、伯父さんに頼まれて土曜日の昼と夜には乃江美に料理や家事を教える役になった。それから伯父夫婦は陽司(ようじ)という息子がいるのだが、陽司は東京にある高校の入学が決まったため千葉県にある自宅から東京の学校の寮で生活し始めたのだ。

 乃江美が伯父一家と暮らしてから五日後、乃江美は暁台の学校に転入した。暁台の南にある五丁目の私立菫咲(すみれざき)学園初等部で乃江美は制服を着て毎朝暁台五丁目に行くバスに乗って通学することになった。

 乃江美は私服の公立小学校でも良かったのに、伯父さんが乃江美の教育と学習のためにと私立学校に決めたのだった。転校手続きの際に学力テストを受けることとなり、テストの内容に四苦八苦するも菫咲学園に転校したのだった。

 菫咲学園初等部の制服は男女ともに青紫色のシングルブレザー、男子は黒いタータンチェックのハーフスラックスで女子は同じ色のプリーツスカート、白いシャツの襟に男子は緑色のネクタイで女子は緑色の蝶ネクタイをつけ、足元は白・黒・紺のハイソックス、靴は黒や茶色の革靴を履く校則であった。菫咲学園は初等部も中等部も高等部も校庭とかまぼこ屋根の体育館と菫色の三角屋根で壁がライトグレーの校舎が共通の外観であった。

 乃江美は菫咲学園初等部の制服を着て内側に反ったストレートセミロングの髪を耳の下で二つに分けてヘアゴムで結い、茶色の3ウェイバッグを肩にかけて通学していた。乃江美のクラスは校舎の三階にある六年三組の教室で、中は生徒の荷物を入れるロッカーと天板が開閉式の机と椅子、黒板と教育番組で授業する時に観るテレビと教壇が設置されていた。

「おはようございます」

 乃江美は教室の後ろ扉から入る。生徒たちは今日出す宿題の残りをやっていたり、文庫本を読んでいたり、今日の授業の予習をしたりしていた。

「おはよう、勇崎さん。あいさつぐらいは標準語に近くなったわね」

 乃江美に声をかけてきたのは地主の娘である浜金谷頼子(はまかなや・よりこ)だった。頼子は乃江美より高めの背に長い髪をポンパドゥールにしており、取り巻きの富浦満穂(とみうら・まほ)と長浦茅穂(ながうら・ちほ)も立っている。満穂は小柄な背丈に四角眼鏡にポニーテール、実穂は小六にしては百六十センチの背丈に男子のようなベリーショートにガタイのある容姿であった。

「おはよう……ございます」

 乃江美は頼子たちにあいさつした。始業式の日に転校してきた乃江美のあいさつを聞いてあざ笑ったのは頼子だった。

「愛知県豊田市から来た勇崎乃江美です。よろしくお願いします」

 乃江美が生徒たちにあいさつすると頼子が軽く吹くように言ってきた。

「まぁ、何て訛り。関東地方に来たんなら標準語ぐらいは話せるようになりなさいよ」

 頼子の近くの席に座る満穂と実穂も声を出さずににやついていた。

「浜金谷さん、そんなことを言ってはいけないよ。勇崎さん、あまり気にしないで。空いている席に座りなさい」

 担任の平井悟(ひらい・さとる)先生が頼子に注意してきて乃江美に着席を促した。平井先生は二十代後半のほっそりした男の先生で灰色のスーツと薄黄色のシャツと茶色の縞ネクタイを着て短髪にノンフレームの眼鏡の穏和そうな先生だった。

 伯父の判断で私立学校に転校してきてから乃江美にとっては堅苦しく息の詰まりそうな生活だった。勉強の内容は公立学校と違って応用が多く、英語の授業も週二回あって簡単な英語しかわからない乃江美にとって頭がこんがらがり、楽なのは国算理社以外の授業だけど体育は週二回だけ。給食は日によっては総菜の具で良し悪しになり、苦みのある野菜が入っていると鼻をつまんで食べないと頼子たちにふっかけられると察して我慢していた。

 クラブ活動と委員会に関しては伯父さんが委員会は水曜日だけだからと許してくれたけど、クラブ活動は許してもらえなかった。乃江美はバスケットボール部やフットサル部あたりに入りたかったのに、伯父さんは「女の子なのに淑やかでない」と反対されてクラブをやる位なら自宅学習や華道と裁縫の稽古をやるのが相応しいと言われてしまった。

 水曜日の委員会を除いて乃江美は学校が終わったらすぐ帰宅して、帰宅後は月曜日と木曜日と土曜日の午前中は伯父さんの弟子にまじって華道の稽古、火曜日と金曜日と土曜日の夕方は伯母さんから裁縫の稽古を受け、土曜日の昼と夜は猿田さんから料理を教わる。もちろん宿題や予習復習の自宅学習や食器洗いや洗濯物畳みの家事も受けて。

 学校では標準語をしゃべろうとしても訛りが出てしまい頼子たちからからかわられ、勉強に対する興味や関心が低く二十分ぐらいで疲れてしまい、稽古に至っては胴を締め付ける帯と和服と足のしびれに耐えきれず、裁縫は何度も針で指を刺し、乃江美は反論してでもクラブに入って勉強にゆとりのある公立学校に入りたかったと悩んでいた。それに菫咲のクラスメイトも頼子のことをおそれていたとはいえ、乃江美に気づかったら頼子一派の敵になりたくなかったので、知らんふりしていた。

 乃江美が千葉県中枢にある暁台に来てから二週間目の土曜日。乃江美は猿田さんと一緒に昼食の材料である野菜を切っていた。倉橋家の台所は四畳と広く、流しとコンロと調理台と戸棚が壁に設置され、出入口との間に食器棚がある造りになっていた。

「乃江美お嬢さま、先週よりも野菜の切り方が上手くなりましたね」

 猿田さんが乃江美の包丁の使い方を見て褒めてくれた。

「あ、ああ、ほっか? あたしとしてはまだほだらもないことで……」

 伯父さんたちの前や学校では訛りのある標準語を話している乃江美だが、猿田さんの前では三河弁を話せることが出来た。猿田さんは言葉づかいが下品だったり悪口でなければOKだと気にしていなかった。

「お嬢さま、お昼ご飯と食器洗いを終えたら、暁台のまだ行っていない所に行ってみたらどうです? 毎日習い事と勉強と家事ばかりだとお疲れになるでしょう」

 猿田さんの台詞を聞いて乃江美は考え込んでしまう。

「だけどそしたら伯父さんと伯母さんが反対するかもしれへんし……」

 乃江美が伯父さんの表情と台詞を思い浮かべて迷うと、猿田さんは優しく言ってくれた。

「わたしがお供してあげますよ。家にこもってばかりじゃ、お嬢さまのストレスがたまるもんですよ。

 それに、今まで知らなかったことを知っておくのも勉強の一つですよ」


 乃江美と猿田さんが倉橋邸で話し合っている頃、暁台の森の中で若い男女の会話がった。

「伝説の戦士、リノーマサーゲストはいるんだろうなぁ?」

「何を言っているの。わたしたちルチェリノーマたちに危機が訪れる時、守要玉(しゅようぎょく)が示してリノーマサーゲストの素質がある人間がデラツウェルクの過激を防いでくれるというのよ。今日明日でなくても、いずれは見つかるわよ」

 彼らの他にはこの森に棲む甲虫や羽虫、カラや山鳩などの野鳥、人間の姿はなかった。

 乃江美だけでなく、暁台に住む人間たちは二つの部族の戦いが始まろうとしていることには誰も知る由はなかった。