浅葱沼氷雨乃の文学の館


1弾・11話   デラツウェルクの野望


 春の連休が終わって一週間が経った。乃江美たちは休み明けのテストを受けたり、舞風は中学生なので二ヶ月分の勉強を二週間でやって受ける中間テストの学習期間であった。

 乃江美は学校が終わると、伯父さんから華道を伯母さんからは裁縫の稽古を受け、猿田さんから家事を教わり自宅学習を受けたりとしていた。

梢は両親が共働きなので母が夜勤の日以外は幼稚園へ行って六歳の弟・柳太(りゅうた)を迎えに行ってからバオバブマンションの家に帰って洗濯物を畳んだり食器を洗ったり弟の子守をしながら宿題や勉強をして、また両親の帰りが遅い時は梢が夕食を作ることもあった。

 澄季も両親が共働きで大学生の姉は千葉県を離れて茨城県の大学の寮で暮らし、祖父母だけが澄季が帰宅した時に家にいる人だった。実は澄季のアナログゲームの才能は幼い頃から教えてくれた祖父からの賜りものだった。

 また舞風も他の三人と違って中学生の身とはいえ、五月の後半の中間テスト勉強に勤しんでいた。家にいるのは母方祖母と毎日家に帰ってきてくれる父、母で女優の梅郷園世は今の大河ドラマで主人公の母役として出ており、テレビに出ている時と家にいる時では全くムードが違っていたが、舞風にとっては母が自分とは違った次元の人だと感じ取っていた。幼い時とは異なる意味で。

 チラとゾゾも乃江美と過ごしたり、デラツウェルクにまつわる情報を集めていたりとしていた。

 これが彼らの日常だった。その日が来るまでは――。


 菫崎学園初等部六年生たちは、四月初めから五月半ばまでの授業の内容のテストを受けていた。乃江美は三年生になってから算数と国語の作文が苦手になっていた。愛知県にいた時は平均点を下回っても、課題のプリントを三日以内にやれば許されていたが、私立学校となると平均点を下回っていたら再試験や補習を受けると聞いて、伯父さんから教わったり授業ノートや学校のドリルをやって平均点を越えなければ、と頑張っていた。何より乃江美が恐れていたのは再試験と補習よりも、伯父さんからの??責よりも、同じクラスの地主の娘で自分をからかってくる浜金谷頼子とその子分のことであった。

 浜金谷頼子は美人だが見下し屋で、しかも勉強の面でもたけていて乃江美が悪い点を採ったら今よりひどい意地悪をしてくるか、クラスの他の人たちを上手く丸めこんで乃江美の敵になる人物をつくってくるかもしれない。

(余計なことは考えるな。テストで六十点以上は採らんと……)

 乃江美はテスト紙面とにらみ合い、解ける問題を先にやってから文章題などの手のかかるものはなるべく慎重に、と解こうとしていた。その時だった。

 六年三組の教室にいる乃江美以外の人間たちが突然出てきたキィーンという音を聞いて、耳を抑えたり頭を抱えたりしてきた。

「うっ、何だ……?」

「この音、どっから……!?」

 平井先生も生徒たちの様子に気づいて、みんなに尋ねようとした時、平井先生も音によって頭を抱える。

「みっ、みんな、どうしたがや?」

 乃江美はみんなの苦しむ様子を見て訊いてくるが、乃江美の制服の脇ポケットにいたチラとゾゾが顔を出す。

「どうやら、特殊な音波で苦しめられいてるようね。わたしやゾゾのようなルチェリノーマには聞こえない音だもの」

「あたしも聞こえへんよ?」

「乃江美は守要玉の恩恵による見えない保護膜みたいなので守られているから……」

 ゾゾが乃江美に人間である彼女が謎の超音波でおかしくならない理由を教えてくると、平井先生や頼子一派、他の同級生が音で苦しんだ後、うつろな無表情の状態で乃江美に襲いかかってきた。

「うわあああっ、おそがい〜!!」

 自分に向かってくる十六人の人間が一斉に来たのを目にして、乃江美は急いで教室から飛び出していった。

「乃江美ちゃん!」

「どーなってるんだ、コレ!?」

 二組の教室から梢、一組の教室から澄季も出てきて、更に二人のクラスの担任とクラスメイトも出てきて、乃江美たちにとっかかろうとしてきた。

「みんな、小さくなって!」

 チラが乃江美たちに指示を出し、乃江美と梢と澄季は自分らが持つサーゲストウォッチを制服の胸ポケットから取り出して、黄金色と緑色と青の光に包まれて制服姿の身の丈七、八センチの小人となり、チラとゾゾが乃江美たちを引いて大勢の人間たちの足の隙間を通って逃げ出した。

 六年生の教室だけでなく、五年生以下の初等部、中等部や高等部の生徒や教師たちも謎の音によって苦しんだ後にどよんとした目つきに無表情の状態となり、カカシのように突っ立っていた。中等部二年の教室にいる舞風も守要玉のおかげで"音"の支配にはかからなかったが、先生や同級生の異変に驚きを隠せなかった。

「み、みんなどうしちゃったのよ!?」

 舞風は先生や同級生に訊いてみるが、みんなは舞風に襲いかかろうとしてきたのだ。舞風はそれを目にして無我夢中で逃げ出した。廊下を出ても他のクラスの生徒や教師たちが舞風を見つけると追いかけてきた。舞風は校舎の端にある非常階段の扉を開けてらせん状の鉄格子の階段を下って、校庭にもいる他の生徒に捕まらないようにいる乃江美たちの所へ逃げようとした。

 舞風はサーゲストウォッチの青い〈通信〉の盤に触れて、乃江美たちに救援を求めたのだった。乃江美たちも小人化して他の生徒や教師の群れから逃げて、裏庭の茂みに隠れて息をひそめていた。その時、乃江美のサーゲストウォッチに舞風からの通信が入り、鈴のような音が鳴った。幸い他の人たちには聞こえない大きさだったので、乃江美はサーゲストウォッチを開いた。

『みんな、舞風よ! 今、中等部の校舎裏にいるの』

 乃江美たちは一人中等部の校舎で危機に陥っている舞風の通信を聞いて、舞風を見つけないと、と察した。

「とはいえ、初等部にも手に負えない人たちがいるからなぁ……」

 梢が困ったように言うと、澄季があることを思いついてみんなに伝えた。

「ぼくたちにはチラとゾゾがいるだろ。裏庭の近くの飼育小屋のウサギやニワトリに乗せてもらって舞風さんを助ければいいじゃない」

「それで行くがや。澄季くん、あったまええじゃん!」

 乃江美も澄季の案に賛成し梢も澄季の考えに同感するが、多くの生徒や教師たちがうろついている中、どうしたらいいか悩む。

「でも、どうやって飼育小屋に……」

 ゾゾが場の状況を見て呟くと、乃江美が仲間たちに言った。

「あたしだけ元の大きさに戻って素早く飼育小屋に行く。体育は得意だから」

 乃江美のアイデアを聞いてチラたちは危ないと感じるも、乃江美を信じてこの場を乗り切ることにした。

 乃江美はサーゲストウォッチの赤い盤で小人化を解除して人間の大きさに戻り、仲間たちを両手に抱えて茂みから飛び出して飼育小屋へ駆け出していった。乃江美たちを探している生徒たちは乃江美を見つけると一斉に捕まえようとしてきた。しかし乃江美は持ち前の運動神経の高さで人々の群れから避けていき、金網に囲まれた二つの小屋がある飼育小屋へ向かい、飼育小屋の閂を素早く外して、更にウサギ小屋の扉を開けて中から五羽のウサギが出てくる。

 生徒たちが追いついてくるとチラとゾゾはルチェリノーマが持つ動物を操る念波をウサギに送り、乃江美は再び小人化してチラとゾゾに従うようになったウサギの背に乗り、梢と澄季もウサギの背につかまり乃江美たち三人とチラとゾゾを乗せた五羽のウサギは中等部の校舎へ駆け出していった。

 小人化しているとはいえ、ウサギの背の上は思っていたより揺れたが、澄季も梢も落ちないようにしがみついていた。


 一方で舞風は小人化して桃色の戦闘服のリノーマサーゲストに変身して、武器の扇アイオトステンペストを持って中等部校舎の裏庭の一角で自分の目の前に現れたムカデやクモやカマキリの群れと戦っていた。虫たちが襲いかかってくるたび舞風は扇を振るって風の刃や突風を出してきて虫たちの攻撃を防いでいた。

「頑張るな。仲間たちがいなくても一人で立ち向かうとは」

 虫たちを操っていたのは金髪に赤い鎧のデラツウェルク、アッターカだった。舞風も小人の戦士の能力を持っているとはいえ、一人では流石にきつかった。

「それでも、あたしはあの子たちが来てくれるって信じているから」

 舞風はアッターカに向かって言うと、石のプランターの上にいるアッターカは自分の顔に傷を付けられたことを思い出して舞風に聞いてきた。

「あの子とは乃江美のことか。後から暁台に来た人間のくせに、先住者である小人たちの味方をするなんて」

 アッターカが乃江美のことを罵るように口出すと舞風は言い返す。

「だけど乃江美は親と離ればなれになって親戚の元で全く知らない土地で住むことになったけど、あの子は暁台に馴染もうと努力してたのよ?」

 舞風の台詞を聞いてアッターカがいら立ち、虫たちに一斉に舞風を襲うようにと命じる。

「一人でもいなければおれたちには勝てない。おれたちの喧嘩を買ったことを地獄で後悔しなっ!!」

 虫たちが舞風に向かってきて舞風は立ち尽くすも、横から黄金色の電撃の一戦が走ってきて虫に当たって、虫たちは黒焦げになってアスファルト道の地面に落ちた。

 舞風が攻撃の来た方向に顔を向けると、ウサギの背に乗って更にリノーマサーゲストに変身した乃江美・梢・澄季・チラ・ゾゾを目にしたのだった。

「みんな、来てくれたのね!」

 舞風は駆けつけに来てくれた仲間を目にして安堵する。

「間に合った〜。舞風さん、無事で……」

「あの小人がぼくが以前であったヌッレとは別のデラツウェルクか」

 梢は舞風の危機が回避されたことにホッとし、澄季がアッターカを見て呟く。

「来たか、勇崎乃江美。またお前と戦えるとはな」

 アッターカは乃江美に視線を向けてくる。

「他のデラツウェルクはどこにおる? どう考えてもアッターカだけってことはあーへん」

「そこは考えているんだな。ちゃんといる」

 アッターカが乃江美に言うと、彼の近くの地面から筋骨隆々の他の小人より背丈の高いブロンズの鎧のラヴィアーネ、紫の部分鎧に灰緑の髪の女小人のデリョーラも木の上から飛び降りて着地する。

「ヌッレは……、ヌフリエレさまはどこに?」

 チラが一人足りないことを訊いてくると、アッターカが答えてくる。

「ああ。ちゃんといるさ」

 その時上空に銀色のカラスのような機械人形が三羽飛んできて、一羽はアッターカたちが乗り、二羽目は乃江美たち四人を乗せて三羽目はチラが乗った。ゾゾには連れてきたウサギたちの番をするようにと告げて。

 金属のカラスが別の方向に飛んでいくのを見届けるとゾゾは仲間たちの安否を祈り、デラツウェルクの目的が何なのかも気になった。

(みんな、ちゃんと戻ってきてくれよ……)


 金属のカラスはアッターカたちや乃江美一行を乗せて菫崎学園の真南へ向かっていった。菫崎学園は森と荒れ地を開拓して建てられたが、その周辺の五百メートル先は森のままであった。

 ヌッレの操る金属のカラスに乃江美たちは風で飛ばされないようにしっかりとつかまっていた。学園の周囲の森はナラやクヌギなどの木々が自生し、森に棲息するカラやスズメなどの鳥、カミキリムシやガなどの昆虫がいて一見何の変哲もなさそうだが、学園からだいぶ離れた先に一つの岩があった。岩は乃江美の普段の大きさなら一メートルくらいの高さであるが真上が平たかった。そこの黒い鎧に目と口出しの仮面のデラツウェルク、ヌッレがいたのだ。

「来たか」

 ヌッレは右手を出すと糸で操るように金属のカラスを寄せて、三羽の金属のカラスはヌッレのいる岩の上に来てアッターカたちと乃江美一行、チラが岩の上に降りる。金属のカラスはヌッレの持っている〈誠鉄玉〉の力で銀色の巻き布のようになり、岩の近くの地面に突き刺さった。

 乃江美は自分の足元の岩の上に何か刻まれているのを目にする。親指で軽く押して凹ませたような丸いくぼみが八つあり、中心には天地と十二方の光とも地割れともいえる模様が入っていた。

「これは我々が求めていた装置、『破生の盤(はせいのばん)』だ」

 ヌッレが乃江美たちに教えると、澄季が「ハセイのばん?」と訊いてくる。

「破滅と創生の意味だ。この盤のくぼみに守要玉を八つ納めることで、今の暁台が消え新しい楽園が生まれることだ」

 ヌッレの説明を聞いて梢と舞風が引く。

「ま、まさかあなたたちの目的って!」

「今の暁台を滅ぼして新しい国にすることだったの!?」

「そうだ。わたしだけはない。この三人もわたしについていき、地上の楽園を奪った人間たちの復讐と地上の楽園を取り戻すための同志としてな。それから我々は王宮の宝物殿に収められていた守要玉を手に入れ、その四つが我々に力を与えてくれたのだよ」

 ヌッレは乃江美たちに火・地・霜・鉄の守要玉を所有している理由を話す。

「お前ら、おれたちに残りの守要玉をよこせ。暁台や人間たちは滅ぶといっても、苦しみや痛みはないそうだ」

 ラヴィアーネが告げてくると、ガスッと音がした。乃江美が右拳で『破生の盤』を強く叩いたのだった。

「ちょっとぉ、壊されたら使えなくなっちゃうじゃないの。人間とはいえ、乱暴で無理解よね」

 デリョーラが乃江美にののしってくると、乃江美はうつむいた状態で返してきた。

「あんたたちの言っとることはわからんでもあーへん。だけど、そんなおそがいことはさせへん……」

乃江美の行動を目にしてビビッた梢と澄季であったが、乃江美は次第に真っ直ぐに立つ。

「お前は後から暁台に来たんだろう? 関係ないくせに何言ってんだよ?」

 アッターカが純粋な暁台の生まれ育ちでない乃江美の言葉を聞いてののしる。

「確かにあたしは暁台で生まれ育った人間じゃあーへん……。厳しいけど伯父さんと伯母さんの住む所で、家政婦の猿田さんもおって、意地悪だけど浜金谷さんの家もあって、何より梢ちゃんや舞風さんや澄季くんのいる場所だがや! いくら人間たちに住処を奪われたからって滅ぼしていいはずがあーへん!!」

 乃江美の台詞を聞いて梢も舞風も澄季もチラも共感した。

「フン、そう来るか。どうしても『破生の盤』を発動させないためとはいえ、我々に立ち向かうか。いいだろう! 力づくでもお前たちの守要玉を手に入れる!」

 ヌッレは乃江美たちの意思に反するために乃江美たちの守要玉を奪い取ると告げてきたのだった。