浅葱沼氷雨乃の文学の館


1弾・7話   二人の女戦士


 乃江美と梢は舞風に誘われて駅の通りにある一軒の店に訪れた。ピンクとクリーム色の外装の店はクレープとタピオカドリンクの販売店で乃江美たちの他にも小学校半ばから高校生までの女の子が来ており、乃江美はイチゴミルク、梢は青りんごカルピス、舞風はブルーベリーソース入りのチーズケーキクレープを頼んでビル街の中の歩道にある石のベンチでくつろいだ。

「どう? あの店わたしのお気に入りの一つなの」

「はい。あたしもタピオカドリンク好きなんで……」

 乃江美は返事をし、梢も舞風に尋ねてくる。

「望多先輩って一人で過ごすことが多いんですか?」

 それを聞かれて舞風は少しためらうも二人に言ってきた。

「わたしは物心着いた時から母親が女優でドラマに出演してたり、ワイドナショーのコメンタリーをやっているのを目にしてたから、『わたしのお母さんは他の子のお母さんと違うんだ』って思ってたものよ。家にはサラリーマンのお父さんとおばあちゃんがいてくれたから寂しくなかったけど……。学校にいる時は周りから『女優の梅郷園世の娘』として見られてるから距離が出ちゃって……」

 舞風の話を聞いて乃江美は何となく自分と似ていると感じた。

「あたしも両親が海外転勤して暁台の伯父さんたちの元で暮らしてからは、毎日家事をさせられて伯父さんから生け花、伯母さんから裁縫の稽古を受けてて、学校では訛りが原因でからかわれて……」

「乃江美ちゃん、そんなに卑屈に言わなくても……」

 梢がなだめた時だった。乃江美たちがいる真後ろの向かい側のレストランで騒ぎが起き、客たちが体を震わせながら次々に出てきたのだ。そして更に乃江美と梢の持っているサーゲストウォッチから、デラツウェルクの出現を報せるチキチキと音が鳴ったのだ。

「まさかこんな町中にデラツウェルクのが出たなんて……」

 乃江美と梢は顔を見合わせるが、舞風は二人の様子がわからなかった。


 暁台の都市部のファミリーレストラン『Bon Moi(ボン・モア)』に乃江美と梢は駆けつける。梢は乃江美と違って運動神経は鈍かったがデラツウェルクの出現にそのことは構わなかった。二人は舞風にレストランの向かい側で待つようにと指示し、左右の出入り口の扉が開きっぱなしの店内に入ると、その光景を目にして驚く。店内は真冬の外気のように寒く、床や天井や壁が所々凍りつき、ドリンクバーのサーバー内の紅茶などの飲み物、客の飲みかけのグラスの水が全体的に凍っていた。

「さっむーい」

 乃江美と梢も店内の寒さのあまり叫ぶ。すると二人の前に一人の女小人が現れる。小人は白と紫色の二の腕とひざ下が出ているボディスーツに水色の氷晶のような部分鎧が肩と腕と腰と胸とすねに装着され、緑がかった灰色の髪を後ろで一つの長い三つ編みにして垂らし、雪白の肌に薄赤紫色のつり上がった眼、外見は十五歳くらいであった。左腕の装甲に薄紫色の霜の結晶と槍の紋が入った〈誇霜玉〉が収められていた。

「初めまして、ルチェリノーマの伝説の戦士。わたしはデラツウェルクのデリョーラ」

 デリョーラは凍えて震えている乃江美と梢にあいさつする。乃江美のパーカーのポケットからチラとゾゾも寒さで震えつつも顔を出す。

「き、君がこの間の別のレストランで凍結騒ぎを起こしたのか!?」

 ゾゾがデリョーラに向かって尋ねてくると、デリョーラは素っ気なく答える。

「そうよ。わたしがやったの。〈霜誇玉〉の力を試すために。人間ってのはわたしより体が大きいのに寒さにあっけないのね」

 デリョーラが以前の事件について述べていると、乃江美と梢はサーゲストウォッチを取り出して、赤い盤に触れて黄金色と緑色の光に包まれて小人の姿となり戦士としての姿に変身する。

「あんたの悪行はここで止めさせるじゃん!!」

「折角春が来たっていうのに、また寒さを起こすなんて……」

 二人は自分の武器の剣と棍棒を出してデリョーラに立ち向かう。


 舞風は乃江美と梢に言われてからとはいえ、何故二人が『Bon Moi』に入っていったのか次第に気になってソワソワしだした。

(あの子たちはどうして、客が次々と飛び出していったレストランに入ったのかしら?)

 何かがあるなと察した舞風は立ち上がって『Bon Moi』に向かっていき、開きっぱなしの出入口から凍てつくような空気に感じて震えるも、店内の様子が所々凍てついていてドリンクバーのサーバー内の中身が凍っているのを目にし、更に店の中に一匹の白ネズミとトカゲがうつ伏せになっているのを見つけた。

「何でこんなに所にネズミとトカゲが? でも寒さで震えているわ」

そう思って舞風はワンピースのポケットからハンカチを出して二匹をくるんで、自分の懐に押し当てて温めてあげた。

「う……、一体何が……」

 チラが意識を取り戻して顔を上げると、人間の少女が自分たちを温めてくれているのを目にやった。チラが起きたのを確かめると舞風はホッとする。それから店の奥でありえない光景を目撃する。

 それは三人の小人同士の戦いだった。白と黄金色の衣装の少女が剣を振るって床から出してくる氷柱を斬り壊し、緑色の衣装の少女が氷のつぶてが放たれるのを阻止するために棍を振るっていた。二人の小人の少女に攻撃してくる女小人は右手に持っている矛先が細長い槍を床に突き立てて氷柱を次々に出してきて、左手から氷のつぶてを連射してくる。

「どういうこと……? あの二人は勇崎さんと安食さんと同じ顔をしている!」

 舞風がデラツウェルクと戦う小人姿の乃江美と梢を見て、驚いていると、舞風に温められているチラとゾゾが舞風に話しかけてくる。

「乃江美と梢は闇の小人、デラツウェルクと戦う光の小人の伝説の戦士なのよ……」

 ネズミとトカゲがしゃべったのを見て、舞風は更に仰天する。

「!? 何でネズミとトカゲが人みたいにしゃべって……」

 それと同時にデラツウェルクのデリョーラが槍を振るって吹雪を起こして乃江美と梢を吹き飛ばした。デリョーラの攻撃を受けて二人は後ろの椅子の脚にぶつかってしまう。

「勇崎さん、安食さん!」

 舞風が二人の危機を目にして口に出す。その時デリョーラが舞風を見つけてほくそ笑む。

「あら、普通の人間がこんな所に来るなんて、デラツウェルクは小人だけれど人間よりは優れているってことは知らないようね。今から面白いものを見せてあげるわ。エイスル=ネージュット=アニマンディア……」

 デリョーラが両腕をX字状にして詠唱すると、凍てついた床から氷が生えるように出てきて熊や蛇や虎などの氷像が出てくる。

「デラツウェルクがこんなことも出来るなんて……」

 乃江美がデリョーラが氷の猛獣を出してきた所を見て呟くも、寒さのあまり動けないことに気づいた。乃江美はその時、懐に入れてあった薄紅色のサーゲストウォッチを取り出して、舞風に投げつけようとしたが上手く腕が上がらなかった。同じく梢が乃江美の行動を悟ると出窓の上のサクラソウの花弁を〈安樹玉〉の力で操って、花吹雪によってサーゲストウォッチが舞風の方へ飛んでいって、サーゲストウォッチが舞風の左手の中に入り、薄紅色の光が舞風を包んで舞風は気づくと小人になっており、両隣にはチラとゾゾが立っていた。

「君が〈希風玉〉の戦士だったのか」

 ゾゾがこんなこと言ってきたので舞風は仰天するが、チラも舞風に言う。

「あなたしかいないの。この状況を解決させらるのは……」

「そう言われても何が何だか……」

 チラとゾゾに言われて舞風は戸惑うも、彼女たちの前に氷の猛獣たちが襲いかかろうとしてきた。舞風は思わずまぶたを閉ざすも、サーゲストウォッチを構えてこう念じた。

(勇崎さんと安食さんを助けないと!!)

 するとサーゲストウォッチが開いて旋風と翼の紋章が入ったピンク色の宝玉が輝いて、舞風はその光に包まれる。

 光が治まると舞風はリノーマサーゲストの姿に変身していた。髪の毛が紫色に変化し瞳がシュガーピンクになり、チェリーピンクのハイネックノースリーブのミニスカドレス、両腕には黒いロンググローブ、両脚は黒いニーハイブーツで両二の腕には桜色のストールが巻かれ、頭部には白い翼のついた金色のサークレットが装着され、頭部はアップシニヨンであった。

「望多先輩が変身した……」

 梢が舞風の変身を目にして呟き、乃江美も舞風が戦士になれたと安堵する。

「ふん。もう一人増えたからって何なのよ! どうせ見かけ倒しでしょ!!」

 デリョーラが変身した舞風を見て憎々しげに言いながら氷の猛獣に命令する。氷の猛獣たちが舞風に近づいてくる。

「敵が近づいてきたけど、どうすればいいの?」

 舞風はチラとゾゾに尋ねると、チラが教えて指示を出す。

「腰についている武器を取り出して、それから技を出すのよ」

 舞風は自分の腰に収められていたリボンベルトに差さっている武器を取り出した。薄いピンクの羽毛を重ねたような鉄扇(てっせん)アイオトステンペストだった。舞風は戦いに念じて周りに風が勢い立ち、鉄扇を力強く投げた。

「アリエルスパーダ!!」

強風と共に鉄扇が投げ飛ばされ、熊や蛇などの氷の猛獣たちが次々に砕け散る。扇はブーメランのように戻ってきて、舞風が上手く受け止める。

「先輩、やるじゃん……」

 乃江美も舞風の戦いぶりに感心する。デリョーラは加勢した舞風が気に入らず、槍を振るって矛先から氷のつぶてを乱射してくる。舞風は次に出す技を念じて扇から竜巻を出してきてデリョーラの攻撃を防いだのだった。出してきたのは熱風でデリョーラの氷のつぶてがかき消され、店内にも広がって凍てついた店の中の凍った所を溶かしたのだった。

「吹き飛ばされる〜!!」

 乃江美と梢とチラとゾゾは舞風の出す熱風に飛ばされないように椅子の脚や壁にしがみついた。デリョーラも槍を床に突き刺して飛ばされないようにしたが、風圧に耐えきれず上方へ飛ばされてしまい、柱に叩きつけられて床にずり落ちた。すると舞風がデリョーラに声をかけてくる。

「まだやろうっての?」

 デリョーラは怖じ気ついてソファーと空いている上の窓に跳躍して乃江美たちに捨て台詞を吐いた。

「こっちが三人もそろったんじゃ流石に適わないわ! 次こそは必ず……」

 デリョーラは去っていき、乃江美と梢も冷気のなくなった店内にたたずみ、舞風も自分の変化にようやく受け入れたのだった。


 その後乃江美たちは店内を抜け出し、『Bon Moi』の店裏の陰で変身と小人化を解除し、舞風も乃江美とチラとゾゾからルチェリノーマとデラツウェルクのまつわる話を教えてもらった。一方で店の表ではパトカーが何台が来ていて刑事さんや警察官が店の異変を調べている最中だった。

「教えたって、デラツウェルクの仕業なんて誰も信じてくれないよね?」

 梢が警察や野次馬や客や店員が集まっている表の様子を覗き見して呟く。乃江美たちはレストランの裏からこっそり抜け出して現場から数百メートル離れた場所の歩道に出て駅の街からバオバブマンションの下の公園に戻っていた。公園には他の子供たちや大人たちはいなかったのが幸いだった。

「わたしもデラツウェルクの侵攻に立ち向かうルチェリノーマの伝説の戦士になったのら、答えは一つね」

 乃江美と梢、乃江美のパーカーのポケットのチラとゾゾは舞風の言葉を待つ。

「わたしもルチェリノーマの戦士になるわ。初めのうちは正直驚いたけど、恐れや不安よりも二人を助けてデリョーラって女を追い払う方の気持ちがあったし」

 乃江美と梢は舞風の言葉を聞いて顔を明るくする。

「あ、ありがとうございます! 望多先輩」

「名字で呼ばなくていいわ。先輩も使わなくていいし。そういうのは学校の大勢の前だけにしておいて」

 舞風が乃江美と梢にそう言うと、二人は応える。

「じゃあ、舞風さんで」

「よろしくお願いします、舞風さん」

 こうしてデラツウェルクの侵攻に立ち向かうルチェリノーマの伝説の戦士は三人となった。チラとゾゾも三人の様子を見てほほえましく思っていた。