その2・2話 慎の田舎大冒険


 夕方五時半になると、どの家も窓の上から雨戸を閉め、夕食にありついた。肉体労働は力を使うので、食事の量も多いのだ。

 囲炉裏のある居間に慎も学も来て、トレーナーとジャージに着替えた貞晴伯父さん、ピンクのスウェットワンピースに着替えた美鈴も来ていた。居間にはテレビを置く棚、録画デッキ、引き戸の棚には茶器やコップやお菓子が収納されている。

この家ではテーブルで食べるのではなく、箱のようなお膳に食器を並べて囲炉裏の周りで囲って食べるスタイルである。

 慎が待っていると、学と美鈴、貞晴伯父さんと豊彦おじいちゃんがお膳を運んできた。箱膳の上にはつやつやの白いご飯、いりどりの煮物、沢庵、金平ごぼう、よその家からもらってきたらしいナスとジャガイモの味噌汁。どれも家で食べているものや学校の給食よりもおいしそうに見えた。

 それから米子おばあちゃんと久子伯母さんが自分のお膳を持ってやってきた。久子伯母さんはもんぺからトレーナーとスウェットズボンに着替えていたが……。

(えっ!? あれが久子伯母さん?)

 慎の学の母親、久子伯母さんを見て驚いた。以前の久子伯母さんは恰幅のよい姿だったのに対し、前とはほど遠いわら人形のように細くなり、顔色も悪く、目には生気がない。髪も長くてぼさぼさで幽霊のよう。それでも慎は愛想よく久子伯母さんにあいさつした。

「お……お久しぶりです。久子伯母さん。あいさつしそびれてごめんなさい……。お邪魔しています……」

 久子伯母さんは慎を見ると、生気のない目で「久しぶり」とぼそぼそ声で言った。下座の学の隣に慎、伯父さんと伯母さん、上座に豊彦おじいちゃん、美鈴と米子おばあちゃんが囲炉裏を囲って、晩御飯を食べた。

「あ、おいしい」

 慎はいりどりを食べて呟いた。

「おお、そうかい。おかわり、遠慮せずに言うてね」

 米子おばあちゃんが言った。学も美鈴も伯父さんも豊彦おじいちゃんももりもりとご飯を食べた。久子伯母さんだけは暗く食べている。あまりのおいしさに慎はご飯を三杯、味噌汁といりどりを二杯お代わりした。その後は台所までお膳を運び、食器をステンレスの流し台に置いた。

「慎、一緒にテレビ見よう」

「うん」

 慎と学と美鈴はテレビの前に座って、『ワンダーナイト・ブレデル』というヒーローアニメを見た。学は栃木県に引っ越してから、塾通いで見られなかったテレビアニメの多くを見られることができた。

 ブレデルの前半が終わりCMに入った頃、久子伯母さんがやっと食べ終えて、お膳を台所に運んで出て行こうとした時、米子おばあちゃんが止めた。

「久子さん、食器洗ってふいてしまってからにして」

 米子おばあちゃんが呼びとめたので、久子伯母さんは振り向いて言う。

「すみません、休ませてからに……」

「何を言ってるんだね。畑仕事した後にはいっつも、こう言ってて! 町にいた頃は頭脳労働ばっかしてて、体を動かさなかったんだろ! 畑仕事ぐらいでへこたれるんじゃないよ。あたしはお風呂を沸かしてくるから、ちゃんとやるっけ!」

 そう言って米子おばあちゃんは風呂場に行き、久子伯母さんはとぼとぼと台度r子に入って、水道の蛇口をひねり、食器を洗った。慎はまずいモノを見たな、と顔をそむけた。学と美鈴は苦笑いして慎に言う。

「気にしない方がいいよ。見苦しいとこ見せちゃって」

「慎、お風呂が沸けたら、一緒に入ろう。ね?」

 慎が学になりすまして後藤家の家で生活した時、久子伯母さんは貞晴伯父さんや美鈴や学にがみがみとどなり散らしていたのに、今の家では舅や姑にいじめられているようだ、と少しかわいそうに思った。(この時、豊彦おじいちゃんは二階の空き部屋で囲碁、伯父さんは畑の見回りに行っていた)

 その後は『ブレデル』の後に放送される『フューザーソルジャーズ』を見て、学と慎と美鈴は楽しんだ。『フューザーソルジャーズ』は元々は美角書店の児童文庫レーベル・美角チャイルド文庫から刊行されている小中学生に人気の小説で慎のママが挿し絵やキャラデザを手掛けており、アニメになるとおもちゃやカードゲームなどの商品が発売された。

 それが終わると、学と慎は米子おばあちゃんが沸かしてくれたお風呂に一緒に入った。お風呂はバスタブではなく、大人二人がちょうど入れる丸い木桶の浴槽で、学と慎は今日の疲れと汚れを落とした。そしてお風呂から出ると、二人は二階の学の部屋でおしゃべりをして過ごした。学の部屋は押し入れと床の間と障子窓、それから豊彦おじいちゃんが知り合いの人に頼んだ学習机と本棚がある。他にもラジオ付き音楽プレーヤーやプラスチックケースにはキャラクターのフィギュアが収められ、本棚には参考書の他、図鑑や児童文庫、漫画が入っていた。もちろん慎のママが描いた漫画もいくつか入っていた。

「明日、学くんの学校の友達が来るんだっけ?」

「うん。みんなにあげるアレ、持ってきてくれたよね?」

 学に言われて慎は頷いた。みんなにあげるものとは、慎のママのサイン画であった。学は明峰小学校に転校してきた時、自己紹介で「漫画家三日月ルルナの甥っ子です」と紹介した時、クラスのみんなから好評を得たのだ。もちろんクラスのみんなには三日月ルルナのファンが結構いた。

「ちゃんと学くんに言われた三人の名前も書いてあるよ。裕一くん、広幸くん、信子ちゃんでいいんだっけ?」

「ああ。みんなにも慎のことを話しているから」

 その時、美鈴が二人を呼んで、慎が渡してくれたおみやげを一緒に食べようと声をかけてきて、学と慎は再び一階に降りた。

 慎は船橋駅で乗り換える時、後藤家のみんなにおみやげのピーナッツゴフレットとピーナッツヌガーを買ってきたのだ。貞晴伯父さんも米子おばあちゃんも豊彦おじいちゃんも美鈴も学も緑茶を飲みながら、お菓子を食べた。

「あれ、久子伯母さんは?」

 慎が訊くと、米子おばあちゃんが言った。

「久子さんはもう寝たよ。あの嫁はいっつも夜の九時前に寝ちまうのさ。もう九ヶ月経つんだから、農作業も早くやってくれれないいのに」

 嫌味なのか愚痴なのかはわからないが、慎は米子おばあちゃんの言っているきつさが伝わった。慎にも祖母はいるが、せいぜい年に一〜三回ぐらいしか会わない。茨城県龍ヶ崎に住んでいる父方祖母は伯父一家と暮らしているが、同居している嫁さんとはけんかはしない。そして母方祖母は学と慎が生まれるずっと前に亡くなっており、母方祖父も二年前に亡くなったが、慎は去年まで母方祖父の存在を知らずに生きていた。

 それからはみんな夜の十時には眠り、学は慎の部屋に自分の部屋の布団を持っていって、慎と一緒に寝ることにしたのだ。そして、真夜中近くまでおしゃべりして話し合ったのだ。


 次の日、慎が起きたのは朝の八時半だった。自分の隣にいた学はすでに布団から出ており、豊彦おじいちゃんと伯父さんと伯母さんと美鈴と共に農作業に出ており、すでに朝ご飯を食べ終えた後であった。学とおしゃべりしている間に眠くなり、千葉県から栃木県に来るまでの疲れと学と再会した時のテンションで九時間も寝たのだ。

「ああ、よく眠れたな」

 慎は白と紺のパジャマからネルシャツとTシャツとハーフパンツと靴下をバッグから出して着替え、雨戸をあけて、朝の村の景色を見た。空は薄い桃色と白の夜明け後の空で太陽が山から出しかけている。スズメやムクドリ、カラやメジロなどの鳥の鳴き声が聞こえたり庭にいたり、すでに農作業をしている人の姿も見られた。

 慎は階段を下りて、居間にやってきた。すると台所で食器を洗っていた米子おばあちゃんが起きてきた慎を見て、声をかけた。

「慎くん。おはよう。ご飯、食べるかい?」

「あ、はい。いただきます」

 慎は居間に座り、囲炉裏の近くの座布団にはミィ助が座っていた。おばあちゃんがお膳を運んで来て、お茶を入れてくれた。朝ご飯はカブの味噌汁に玉子焼きにアユの塩焼きである。慎は後藤家の人たちに失礼がないように残さず食べた。

 夕べ学から聞いた話では、学の友達は午後二時にやってくるのだが、まだ時間がある。その時、米子おばあちゃんが言った。

「慎くん、ヒマなら足利に行ってみたら? ここから歩いた所の道路に足利市駅行きのバスがあるから」

「あっ、はい。そうしてみます」

 慎はその通りにして、歯磨きを終えて財布とデジタルカメラとコートを持つと、足利市駅行きのバス停まで歩いていった。田畑を超えた場所にバス停があり、十分ほど待っていると、足利市駅行きのクリーム色と赤とオレンジ色のバスが走ってきた。慎はそれに乗り込むと回数券を抜き、空いている席の一つに座った。バスの中は部活動に行く高校生やサラリーマン、おじいさんや若い女の人の姿が見られた。

 慎を乗せたバスは明峰村を出て、渡良瀬川を辿って町中に入り、店や小さなビルが並ぶ商店街を抜けて、足利市駅のバスターミナルに到着した。慎と共にバスを降りた乗客たちは別のバス停に行ったり、駅構内に入ったりと。慎は他の人の邪魔にならないように駅の中も柱の前に立ち、これからどうしようと考えていた。さ祝い米子おばあちゃんが足利市内の地図とバスの時刻表のメモを渡してくれたので困ることはなかった。お金を落としたり迷子になったらの緊急の電話番号(学の家と乃菜叔母さんの携帯番号)ももらったから大丈夫だ。

「さて、どうしよっかな……」

 慎は財布の中を開けて、残りのお金を数える。家を出る時、パパとママから五千円ずつもらい、そのうちは行きの交通費、後藤家のお土産代、それから駅弁と飲み物代として使い、さっきのバス代で残りは五三七〇円。足利フラワーパークにも行ってみようとしたけど、交通費と入場料が気になるのでやめた。

(そうだ。町の写真を撮りに行こう)

と、いうことで慎は足利市の観光をすることにした。駅から西にあるいた所に渡良瀬川を渡る橋があり、真っ青な空と暖かな日光がとてもきれいで、渡良瀬川の水面がキラキラと輝き、澄んだ水が川下を流れ、白サギが魚を採っていた。町も四方道とは似ても似つかない町並みで十字路が多く、個人経営のお菓子屋や布団屋、食堂が見られ、町行く人も車道を走る自動車も少なく、騒音を感じさせなかった。慎はあらゆる町並みや渡良瀬川の景色、たくさんの木々がある神社には満開の桜が咲いており、周りにコイや亀が泳ぐ堀がある足利学校の門前を撮影した。足利観光ガイドパンフレットによれば、足利学校は日本最古の学校らしい。慎は入場しようと考えていたけど、入場料の値段を見て帰りのお金がなくなりそうだと察してやめた。

 慎は足利市内を歩いているさ中、お腹が空き、時計を見ると十二時近くだった。あまりお金のかからないファーストフードかほか弁にしようと思ったけど、そういうお店は見つからなかった。慎が空きっぱらを抱えながら町を歩いていると、小じゃれたクレープ屋さんを見つけた。

「あれでいい。お腹が空いていれば何でもいい」

 そう言ってエメラルド色と白の看板のクレープハウスに足を寄せ、慎はソーセージエッグクレープを買って、更に近くの自販機で缶のカルピスを買って、渡良瀬川にかかる中橋近くの公園のベンチで食べた。公園にはシーソーやブランコ、パンジーなどを植えた花だんやボート乗り場があり、親子連れをよくみかけた。

 クレープを食べ終えると、二時の待ち合わせに間に合うよう、足利市駅のバスターミナルへ向かい、明峰村を通るバスを待っている間、カメラに収めた映像を見つめていた。

 十五分たって、やっと明峰村行きのバスが来た。今度はクリーム地に青と緑の三色で終着は『ニュー渡良瀬』と書かれていた。ニュー渡良瀬はどうやら、明峰村よりも奥にある町らしい。慎はバスに乗り込み、明峰村に帰っていった。もう一時半になっており、二十分後に明峰村に着き、走って学の家に着いた。学の家や近所の農家ではみんな水やりや肥料やりに励んでいた。ぷーんと肥やしのきつい匂いがしたが、慎は農家ではあることだと思って、みんなにただいまを言った。

「おお、お帰り。足利はどうだったかい?」

 米子おばあちゃんが訊いてきたので、慎はカメラを振って見せた。

「あっ、慎。帰ってきたんだ。待って、準備するから」

 白い手ぬぐいをかぶり、黒いオーバーオールを着た学がかけつけてきて、慎と一緒に家の中に入った。学はオーバーオールから緑色のパーカートレーナーと迷彩柄のワークパンツに着替えた。そしてコップにリンゴジュースを注ぎ、お土産のゴフレットとヌガーの残りを盆の上に乗せた。

 そして二時ちょうどに、「ごめん下さい」の三重奏が聞こえてきた。居間で待っていたが学が引き戸を開けると、二人の男の子と一人の女の子が入ってきた。

「みんな、よく来たね。ささ、中に入って」

と、学は三人を中に入れて、居間で待っていた慎を三人に紹介する。

「おおっ、すげぇ! 本当に学そっくりだぁ!!」

 学よりも体が縦にも横にも大きいスポーツ刈りの木村祐一(きむら・ゆういち)が言った。

「ほんと、ほんと。一瞬、学くんの双子の兄弟かと思ったよ」

 祐一とは反対にやせていて、眼鏡をかけた草野幸広(くさの・ゆきひろ)が言う。

「学くんの言うとおりだねぇ。そっくりのいとこがおったって」

 おかっぱ頭に星やハートのヘアピンをつけた女の子、花岡信子(はなおか・のぶこ)が言った。信子は慎の近所に住む同級生、山代夕日とは違って器量はそこそこだが、性格は良さそうだった。

「はい。学くん。これお土産ね」

 信子は紙袋に入れた和菓子を学に渡した。信子の家は村の和菓子屋さんで、芋ようかんが人気商品であった。それから慎は学の友達に慎のママのイラスト入りサインを三人に渡した。みんなママのペンネーム、三日月ルルナのサインと三日月ルルナ作品のキャラクターの絵が入っている。

「うおお、すっげー」

「学くんはいいな。漫画家の親せきがいるなんて」

「ありがとね、慎くん。大事にするから」

と、三人は慎にお礼を言った。その後は五人で村の近くにある渡良瀬川の見える土手まで行って、石投げや日なたぼっこ、バレーボールのトスをし合った。五人で遊んでいるうちに日は暮れ、学たちはそれぞれの家へ帰っていった。

「楽しかったな、学。慎が明日帰っちゃうのが残念だけど、夏休みにはまた来れるよな?」

 祐一が訊いてきたので、慎は曖昧に答えた。

「パパとママに聞いてみるよ。また行ってもいいか、って……」

「どうせなら今度は君の両親も来てくれるといいんだけど」

 幸広も言った。

「そしたら本物の三日月先生に会えるじゃん! ね、ね、お願い!」

 信子が念を入れて頼んだ。

「ま、ママに聞いてみるよ……。みんな、ぼくは学くんのいとこだけだというのに遊んでくれて……」

 慎が言うと、三人は笑って別れのあいさつをした。

「いいよ。今日はいつもと違って楽しかったよ。またな、学。慎、またいつか遊ぼうぜ!」

「また、いつかね」

「また会おうね」

 そして学と慎は田畑の境目の道を歩いて、学の家に帰っていく。夕方になるとみんなは蔵に鍬やすきなどの農具を入れたり、田植え用のトラクターを倉庫に入れたりと今日の農作業を終わらせていた。家に帰ると、豊彦おじいちゃんは居間で新聞、貞晴伯父さんは外で農具の手入れ、美鈴はあずきの散歩に出ていて、久子伯母さんと米子おばあちゃんが夕食の準備をしていた。

 夕食ができるまでは学は自室で漫画を読み、慎は帰る準備をした。明日の麻の着替えと下着を出し、デジカメや財布はスポーツバッグにしまい、一階に降りて、貞晴伯父さんに電話を貸してほしいとお願いした。学の家の電話は居間の片隅にあり、古い形のプッシュ式の灰緑の電話だった。家の電話番号を押すと、家に帰って来ていたパパが出てくれた。

「あっ、パパ。ぼくだよ。明日の朝、学くんちを出て、四方道のうちに帰ってくるから。パパ、明日お休みで迎えに来てくれるの? 四方道に着いたら、電話するよ。お休みなさい」

 受話器を置くと、ちょうど美鈴とあずきが散歩から帰ってきた。今日もお膳で食事をし、ふろふき大根とほうれん草のおひたしとブタの生姜焼きと白菜と人参の味噌汁、白ご飯を食べた。ご飯を食べ終わった後は、米子おばあちゃんがお風呂を沸かしてくれた。

「慎くん、今日はもう疲れたじゃろうに。先に入って、今日は早めに寝ておきなさい」

「はい」

 慎は風呂場に行き、一階でクイズ番組『常識王は誰だ!!』を見ている学と美鈴に言った。

「おやすみ、学くん、美鈴さん」

「慎、もう寝るの? 早いね」

「学、慎くんは朝から足利に遊びに行って学と友達とも遊んだから、疲れているのよ。休ませてあげましょ」

 学は今夜も慎の隣で寝ようとしたけれど、慎の体力と気力を考慮して一人で寝ることにした。慎は学の部屋の隣で、ふかふかの布団の中で眠っていた。

 慎が寝入ってどれ位がたっただろうか。一階から怒鳴り声が聞こえてきて、慎は目を覚ました。

「あなた、いつまでここにいなくちゃならないのよ!? いい加減にしてよ!」

 その声は久子伯母さんであった。慎はそっと部屋を出て、階段から聞こえてくる伯父さん伯母さんの会話を立ち聞きした。

「お義父さんとお義母さんもよっ!! わたしは肉体労働が苦手なのに、疲れていても次から次へと言いつけてきて!」

「仕方ないだろ。他の家の嫁さんだって、働いてんだ。乃菜だって果樹園に嫁いでも働いていて……」

「何よそれ! わたしは今はまだ我慢できるけど、そのうちあなたが農業やりたくないって待っていたのに! 出ていってやるわ、こんな家!!」

 慎は伯父さんと伯母さんの話を盗み聞きしてしまった上、とんでもないのを聞いてしまった。でも、久子伯母さんがやつれて顔色が悪くなったかを把握できた。

(久子伯母さんがこの家を出る? そんなのウソだよね……)

 慎は伯母さんの声を聞いて頭の中にやきついてしまったが、そのうち寝入ってしまった。

 翌朝、慎がまだ寝ている時に下の階で騒がしい音がしたので目を覚まして着替えて一階に降りた。今では豊彦おじいちゃんも米子おばあちゃんも貞晴伯父さんも美鈴も学も顔を困らせていた。

「どうしたんですか?」

 慎が訊くと、貞晴伯父さんが慎に言った。

「久子が……家出した……。千葉県の実家に帰っていったんだよ……」

「ええっ」

 慎は驚き、貞晴伯父さんの握っていた書きおきを見てみた。書きおきには久子伯母さんの細かな文字で「実家に帰らせていただきます。探さないでください」と書いてあった。

 夕べ言っていた久子伯母さんの言葉が本当になってしまった、と慎は確信した。