その1・6話 終わってしまった交換生活


 呼びかけられて、学は振り向いた。そこに立っていたのは、自分のお父さんだった。

「お父さん……?」

 その子が「お父さん」と言ったので、お父さんは学にたずねた。

「やっぱし学なのか? 何でお前、こんなところにいるんだ? 家で勉強しているはずじゃなかったのか?」

 学は困った顔をして、お父さんに言った。

「お父さん……ごめんなさい! お母さんには言わないで!」

 学はお父さんに説明をした。学は勉強生活が嫌だったため、隣のクラスの学のそっくりさんと生活を少しの間だけ交換して、遊ぶ生活を手に入れたことを話したのだった。

「……じゃあ、今家にいるのは、学とそっくりの子がいるというのか?」

「そうなんだよ。その子は勉強したくても、お母さんに反対されて勉強させてくれないっていうから……。入れ替わって……、その……。」

「そうか。」

と、お父さんは言った。

「わかった。お母さんや美鈴には黙っておいてやるよ。今、お前の家にいる慎くんにもな。」

「お父さん……、怒ってないの?」

「いやあ、お前が急に勉強するようになったのはおかしいと思っていたんだ。ちょっとでいいから、遊ぶ生活したいだろ?」

 お父さんが自分達の秘密を知ったら怒られると思った学は、顔をパアッとさせた。

「お父さん、ありがとう!」

「あ、ああ。じゃあお父さんもう帰るから、日が暮れるまでに帰れよ。」 

家に帰ったお父さんは、こっそり勉強部屋にいる慎を見てみた。なるほど、学と瓜二つで、声も体格もそっくりだった。

(慎という子は、本当に学にそっくりだな。どうしたら、そんなに似るんだろう?)

 晩ごはんを食べる時も、お父さんは慎の様子をうかがっていた。この日の晩ごはんは、エビフライだった。ただ一つ違っていたのは、学はご飯とおかずを一緒に食べるのに対し、慎は味噌汁を飲んでからおかず、ご飯という順番であった。

 しかし、お母さんと美鈴は学の食べ方を気にせず、そのままご飯を食べ続けていた。

 ご飯を食べ終えると、お父さんは学になっている慎にたずねた。

「なあ、明日日曜日だから、お父さんと遊びに行こうか? 勉強ばっかりだと疲れるだろ?」

「え、何? 急に……。」

 すると台所でお皿を洗っていたお母さんが怒鳴った。

「あなた、学は明日も勉強があるんだから、遊んでいたら、勉強が遅れるでしょ!」

「で、でも、勉強ばっかりさせていたらストレスが溜まると思って……。」

 すると慎があわてて言った。

「い、いいよ、お父さん。ぼく、勉強していていいから。」

 慎は学の両親が、教育方針で不和になっていることに気づかった。そして学の部屋に戻り、勉強を始めたが……。

(何でだろう。勉強したい生活に喜んでいたのに、休みの日も勉強していたら、疲れてきたよ……。)

 慎が家でやっていた自己学習と学の家での勉強の量が違っていたからであった。学の家での勉強は予習や復習のほか、受験の問題集やそろばんの練習といった勉強もあったからだった。


 一方、学は慎の家で、ゲームやマンガ読書で好き放題やっていたが、自分の生活の一変に疑問を持ち始めていたのだ。

(慎を変わりに勉強させたって、お母さんは喜ばないんじゃ……。)

 いくら自分に瓜二つだからとはいえ、慎が塾に行ったり勉強したりしては、お母さんの気持ちを満足させられないと思ったからだ。そして、学は時計を見てみた。時計は夜の八時過ぎを指している。学はベッドから起き上がって、慎がいる自分の家に電話をかけてみた。

 ルルルル……と学の家の電話がなり、電話のある玄関から部屋の近い学(本当は慎)が電話に出た。

『はい、もしもし。』

「あ、もしかして慎? 学だけど……。遅くに悪いんだけどさ、勉強はどう?」

『それが……、疲れちゃった……。」

「疲れた? 何で?」

『ぼくの独学の勉強より、たくさんあって……。休みの日までもやらないなんてと思って……。』

 学は慎に悪いことをさせてしまったと思った。頭の良し悪しと勉強がどこまで出来るかとは違うと気づいたのだ。

『学くんこそどうなのさ。』

「ぼくは……、今日公園で遊んでいたら、ぼくのお父さんに見つかって……。」

『ええっ! 学くん、お父さんと会ったの?』

 慎が驚いて叫んだのと同時、お母さんがやって来た。

「一体、こんな夜遅くに誰と話しているの?」

 そう言うとお母さんは慎から電話を取り上げた。

「もしもし、あなた。今、何時だと思って……。」

『お、お母さん?』

 受話器の向こうで学はつい言ってしまった。

(しまった! 慎になっていなきゃいけないのに……!)

 しかしもう遅かった。お母さんは今家にいる学が偽者だともう知ってしまったのだ。

「あなた、学じゃないの? 自分が学なのに電話の相手に向かって学と呼んでいたでしょ! ちょっと、学! どこにいるの! 学!」

 学が動揺していると、パパとママがやって来た。

「どうしたんだ、慎。一体何があったんだ。」

 そう言うと、パパは受話器を学の手から取った。

「はい、もしもし。前川ですが……。」

『あなたが慎くんの保護者? わたしは後藤学の母です。あなたの家にいる息子はうちの子の学なんですよ!』

 そう言うとお母さんは慎のパパに、偽の学から聞いた話を洗いざらい話した。

「とにかく、明日の朝のスカイマンションの前で息子さんを帰しますから!」

 そう言うとお母さんは受話器を切り、お父さんも呼んで三人で話し合った。

「あなた、学と外見が同じだったから学と自分の生活を取り替えさせていたのね。」

「でもぼくんちは、ママが勉強を許してくれなくて、学くんと入れ替わって自由に勉強が出来る生活が欲しかったんです……。」

 慎はグスグス泣きながら、理由を話した。

「あなたの親も一体、どういう親なの? 子どもに勉強をさせないなんて。それとあなた、何で本物の学が公園で会ったことを言わなかったの?」

「学がかわいそうだったから……。」

「あなたは学が落ち零れてもいいっていうの? とにかく、明日は学を帰してもらいますからね。」

 お母さんはぴしゃりと言った。

 その頃学も、慎の両親から話を聞いた。

「あなたがうちの慎と入れ替わっていたの? アシスタントの摩子ちゃんの言っていたことが本当だったなんて……。」

「慎は君のうちにいるんだよな。とにかく明日はご両親に謝罪しなさい。」

「はい……。」

 学は言った。でも学は少し安心していたのだ。親や暮らし方を換えても、自分は幸せではないことを。