7話・平穏が異質に変わる時


 春の連休であるゴールデンウィークが終わって栄希兄妹とシグルスが学校に通う日々がまた始まった。

 三人一緒に学校へ登校し、栄希とシグルスは同じ六年二組の教室で授業を受けて、栄希とシグルスが委員会とクラブのある時はフリッグが夢乃を学校まで迎えにやってくる――そんな生活だった。智佐絵や純也も休み時間や昼休みの時はシグルスから勉強を教えてもらったり、図書室で本を読んだり、校庭で遊んだりと。

「うーん……」

 ある日の昼休み、源は栄希たちと一緒にボールトスして遊んでいるシグルスをン見つめてうなっていた。源と弟の軍がシグルスの姉のフリッグと初めて会った日から六日目の今、源はシグルスの様子を観察していた。

「未だに信じられねー……」

 あの日の夜、自分の家のそば屋に来ていた客の男がシグルス姉弟を観察していて、自分をシグルスの様子の報告係として任命してきたことを。源にとってももっと驚きで信じられないことはシグルスとフリッグが人間そっくりの呂ノットであること、源をシグルスの監視報告係にしてきた客の男性が金城国際重工の社員であることだった。

 源は父のパソコンで調べてみると、金城国際重工が日本の大企業の一つで、しかも日本の埼玉県に本社がある他、アメリカや中国やフランス、オーストラリア、アフリカ鉱山地帯にも支社があって、一本の釘から大型船のパーツを造っていることを知ったのだった。

(何であんな大企業が人間そっくりのロボットを求めているんだろう?)

 源は思っていた。学校が始まってからこの数日、源はシグルスの様子を見て家に帰ると渡されたスマートフォンで金城国際重工に本日のシグルスの様子を送っていた。しかし送信内容はどの日も、授業や休み時間や掃除での平凡な様子ばかりであった。

(もしかしてあの人が言っていたことは結構いい加減なことだったのかもしれない。人間そっくりのロボットなんて、マンガやアニメやゲームや映画だけだったんだ)

 源がそう思っていた時だった。テンテン、と白いドッジボールが転がってきて源の足元にぶつかる。

「あっ、源くん。ごめんね、手元が狂ってこっちに投げちゃった」

 金の髪に緑の眼、赤いラグランTシャツにワークパンツ姿のシグルスが駆け寄ってきた。シグルスがボールを拾って栄希たちの所へ戻ろうとすると、源が呼びとめた。

「おい」

「ん? なあに」

 シグルスが振り向くと源は疑いの眼差しをシグルスに向けて、こう尋ねてきたのだ。

「お前……、人間そっくりのロボットの存在って信じるか?」

 それを聞いてシグルスはボールを手から離してしまい、ボールはシグルスの足元を転がる。

「な……何を言っているの、源くん? それってテレビやマンガや小説の中での話でしょ? 人間そっくりロボットなんて……」

 自分がロボットであることは高里家の人たちしか知らないし、ましてや誰にも言わないようにと高里夫妻から注意されていたし、シグルスはいつ源が自分をロボットだと気づいたのか困惑していた。

 その時源に呼び止められたシグルスを目にして栄希が駆けつけてきた。

「おい、堀込。シグルスに何してんだよ?」

 栄希を見ると源は我に返り、作り笑いをした。

「あ!? いや、その……。なっ、何でもねぇっ!!」

 源はこれ以上シグルスにやっかんだら自分がもっと危ない目に遭うと感じて校舎の中に逃げ込んでいった。

「堀込、あいつ何があったんだ?」

「さぁ……」

 栄希とシグルスは源を目にして立っていた。

 校舎に逃げ込み、人気(ひとけ)のない階段下の物置近くの前で、源は金城国際重工に報告する時のスマートフォンを動かしてメールを送信していた。

(シグルスにはいっつも高里がいるんだった。もしこのことを高里とシグルス、いやみんなに知られたらおれはどうするれないいんだよ……)

〈送信〉のアイコンを押して、源は金城国際重工に今日のシグルスについてのメールを送った。

 メールは埼玉県秩父市内にある金城国際重工本社ビルの情報処理課のパソコンに送られ、源にシグルスの監視役を担わせた社員がメールを確かめて印刷して会長に報告していた。

 会長はメール文書を目にして二十一世紀の地球に人間そっくりのロボットの存在を知って何とか手に入れようと考えていたのだった。

「何とかしてでもロボットの姉弟を我が社に連れてくるようにしなければな……」


 群馬県山中内にある閉鎖された廃墟。ここは元は変電所だったが、老朽化によって閉鎖され建物の周囲には誰も入ってこられないように鉄条網が張られ

壁はヒビやシミがあり、窓も何ヵ所か割れており、お化けがいてもおかしくない雰囲気であった。実際ここに住んでいるのはクモやハエなどといった虫、ネズミやトカゲといった小さな生き物の他、八人のある集団も住みついていたのだ。

 変電所の中にあるモニター室、天井近くの壁には建物内の様子が見られるモニター画面が八つ、下の壁にはモニターの様子や変電所の電気を操作するスイッチやキーなどがたくさんあった。モニターのうち二つは使えるように修理され、コントロール版も使えるように修理されていた。

 モニター室の中心には一人の人物が立ち、コントロール版の椅子の一つには女性が座っていた。ただ普通の人間にしては身なりが変わっていた。

 中心に立つ者は一九十センチ近い背丈にプラチナの光沢のような鎧兜に足首まである赤いマント、鎧の下は体に沿った黒い全身スーツ。するとモニターに画像が映り、一人の女の姿が映し出される。

『こちら、ヘール。オーディン陛下、ヨルズ将軍、応答願います』

 小高い女の声に女の姿が映し出される。画像に映った女は嘴のような黄色いバイザーが付いた黒いメットに胸や腕や腰は黒い装甲で覆われ、背中に鋭角な黒い翼を持ち、両手首は人間の手と変わらないが、両足首が黄色い蹴爪になっている。女のメットから出た髪の毛は黄土色で瞳の色が赤い。

「こちらヨルズ。応答を受け取った。調査報告は?」

 ヨルズという女は黒いメットと装甲姿のヘールという女に尋ねてくる。

『この国の海に面している地域には空軍基地があったけれど、戦争や出撃の気配はなし。戦闘機も十機ありますが、いずれも戦闘のために造られた物ではないそうです』

「そうか。報告ありがとう。引き続き調査を」

 そう言ってヨルズはヘールに伝えると通信が切れて画面が消える。すると別のモニターに別人物の映像が映し出される。

『こちらフェンリル。応答願います』

 フェンリルと名乗った人物は顔立ちは整った男顔で切れ長の青緑の眼、赤い狼のような耳の付いたメットに狼のような長い尾が付いた赤い装甲で黒い全身スーツで体を覆っていた。

『人間たちに気づかれないように人間の街を七ヶ所探索しましたが、ロボットは一人もいませんでした』

 フェンリルは自分の調査をヨルズに報告する。

「ご苦労。一旦基地に戻ってくるが良い」

『はい』

 フェンリルとの通信を終えると、ヘールが映し出されたモニターに別の姿の人物が映し出される。

『こちらスレイプニル。オーディン陛下、ヨルズ将軍、応答願います』

 スレイプニルと名乗った男は三つの角が付いたこい黄色のメットをかぶり黒いゴーグルで眼の色と形はわからないが端正な顔立ちの男らしく、太めの男の声を発していた。体を覆うスーツの上には濃い黄色の装甲で、背中に黒い棒のような物を背負っていた。

『こちらは人間の生活文化と文明を調べていたであります。車はみんなタイヤで走るものばかりで、電車も地上レールを走っているもので、一部の地域は地上より高く造られたモノレールで移動しているであります。

 人間たちの食糧生産は田畑と呼ばれる場所で穀物や野菜や果物を育て、牛や豚や鶏や魚を多数飼育して食べているであります』

「その報告だと古典的だということがわかった。基地に戻るが良い」

『イエッサー』

 ヨルズの命を受けてスレイプニルは通信を終える。次にフェンリルが映っていたモニターに水色のメットと装甲の女の姿が映し出される。女のメットや装甲には魚のヒレのようなパーツに後ろ腰が長いシースルースカートのパーツ。メットからはみ出た髪は緑がかった黒で眼は金色である。

『この星の海の調査に出ていたラーンです。人間たちは漁船で漁をしている他、海の上に海軍基地を造っておりました。海の塩分濃度はわたしたちの住むアスガルド星より四.八パーセントミネラルが薄いですね』

 ラーンという女は地球の海についての報告をのんびりした口調でヨルズに伝える。

「わかった。引き続き調査を続けてくれ」

『了解しました』

 ラーンは通信を終わらせ、ヨルズの後ろにいた男は部下の報告に肩をすくめる。

「うーむ、我々の知っている地球と違って、文明や文化は思っていたよりスローペースで、ロボットとの生活や隷属化もないなんてなぁ……」

「確かにここは地球です。もしかしたら平行の地球という可能性もあります」

 ヨルズは席から立ち上がって男の前に立つ。ヨルズは緑色のメットと装甲で、装甲の下のスーツは白。髪は長い金髪で後ろで一括りにし、眼はアイスブルー。ぱっと見は人間の女性のようだが、人間ではない。

「陛下、ヨルズ将軍。他に直すところはありませんかねぇ?」

 モニター室のドアがギシギシと軋む音を立てながら、大男と小柄な少年が入ってくる。

 大男は二メートル超えの背丈に横幅もあり、赤胴色のメットと装甲で巌のような顔つきで、両腕と両肩に折りたたんだ銀色の筒が付いていた。

 小柄な少年は一見印象は十代前半の少年のように見えるが、メットに小さな三角耳が付いており、紫色の装甲に腰には大きな房状の尾――リスのようであり、顔もオレンジ色の眼に中性的な顔立ちだが前歯の上二本が長い。

「テュールにラタトスクか」

 プラチナの装甲の男が二人の名前を呼ぶ。

「ただいま、陛下。この星の生物調査に行ったところ、おいらたちと同じ星の動物や植物があったよ。時代や環境や支配種族は違うのに、偶然の一致ってあるんだね」

 リス人間のような少年、ラタトスクがプラチナの装甲の男に与えられた任務の報告を述べる。

「それにしても陛下、何故わたしたちを人間たちの住む所に送らないんですか? 体がうずうずしてたまらんのです」

 赤胴色の装甲の大男がプラチナの装甲の男に言う。

「何言ってんの。テュールが人間の町中に出かけたりなんかしたら、陛下の命令でもないのに壊しまくるじゃないか」

 ラタトスクが赤胴色の男、テュールに言った。ラタトスクにからかわれたように言われたテュールはラタトスクを睨みつける。

「まぁ、待て。この星に来て調べてみたところ、ここは地球だと判明したから良いではないか。ただ、我々がかつていた地球よりは、数百年程文明や文化、機械技術が劣っているがな」

 プラチナの装甲の男がラタトスク、テュール、ヨルズに言った。

「と、申しますと……?」

 ヨルズがリーダーの男に尋ねてくる。

「空間物質移動装置の事故で二十一世紀の地球に送り込まれたフリッグとシグルスを探し出すことも重要だが、二十一世紀の地球人たちはロボットの技術も後(おく)れているし、何より我々ロボットの力を知らない。

 フリッグとシグルスを連れ戻すだけでなく、この二十一世紀の地球もアスガルド星の植民地にしようではないか」

 リーダーの男、アスガルド星の権力者がヨルズたちに伝えた。

 フリッグとシグルスの転送先の記録をこぎつけて二十一世紀の地球にやってきた彼らは人間ではなく、ロボットだったのだ。しかもシグルス姉弟が言っていたアスガルドという惑星から来たのだった。

「ヨルズ、任務に出動させていた他の者を呼び集めよ。これより、地球植民地計画を実行する! まずは地球人類に布告だ!」

「はっ、オーディン陛下!!」

 ヨルズはリーダーのオーディンに従う。


「ただいまー」

 その頃、シグルスと栄希と夢乃は三人一緒に下校して、高里家に帰ってきた。

「お帰りなさい、おやつが出来ているわよ」

 台所からフリッグが顔を出してきて三人に言った。栄希と夢乃は手洗いうがいをして、通学バッグとランドセルを自分の部屋に置いてからダイニングへ向かう。ダイニングの食卓の上にはフリッグが作った今日のおやつ、ババロアがあった。ババロアは大きな長方形の型に緑色の色素で色づけされており生クリームや星型のトッピングシュガーで飾りつけされており、切り分けて食べるように作られていた。

「うわぁ、おいしそう」

 夢乃はフリッグが作ってくれたババロアを見て感激する。

「いただきまーす」

 栄希とシグルスもババロアを切り分けて小皿の上に乗せて食べる。おやつの後は宿題と予習復習をやり、夕方のテレビアニメを見る。

 今日は木曜日だったので『マシンレジェンド』の放送日だった。『マシンレジェンド』は主人公の中学二年生・鳥居優斗(とりいゆうと)が古代文明のロボット・ヴァ―ニルと共に悪のロボット帝国ラグナロクの野望を阻止するために戦うロボットヒーローアニメである。十話で仲間となる女性ロボット・イズンとその操縦者である小野寺町子(おのでらまちこ)も登場し、視聴率がアップしたという。

 今回もヴァ―ニルとイズンがラグナロク帝国の悪のロボットを今回の本編が終了して、エンディングテーマと次回予告が流れるはずだった。

 本編終了後の『マシンレジェンド』のおもちゃCMに波画像が入って、栄希たちは突然の異変に驚いた。

「なっ、何だ、故障か!?」

 栄希はテレビ画像の変わりように仰天するも、波画像はほんの十秒で終わり、画面にプラチナのような鎧兜にマント姿の男が映し出されたのだった。

「うわっ、今度は何なんだ!?」

 栄希と夢乃はまた画像の異変に驚き、シグルスは画像の中の人物を目にして沈黙する。

「この人は……!!」

 シグルスはテレビ画面に映った人物を目にして言った。

「何、知っているの!?」

 夢乃がシグルスに尋ねようとしたところ、テレビの中の鎧兜の人物が語りだす。

『ごきげんよう、地球の人間たちよ。わたしはアスガルド星の王、オーディン。

 地球の人間たちにあることを告げに来た』

「えっ、アスガルド星って……」

「シグルスとフリッグの故郷の星じゃないか!!」

 夢乃がオーディンの布告を聞いて「アスガルド星」と言ってきたのと、栄希がシグルスに顔を向けてくる。シグルスはというと、オーディンの出現に目を丸くしており、固まっていた。

「な、何でオーディン王が地球に……!?」


 オーディン王の電波ジャックは高里家に限らず、智佐絵や純也、堀込兄弟や牧野先生の家、日本各地にアメリカやロシアやフランスなどの先進国、また東南アジアや南米などの発展途上国の一部にも伝わった。世界各地の人々が驚く中、オーディンは語り続ける。

「わたしたちアスガルド星の上層部が地球に来たのは、空間物質移動装置の事故で地球に飛ばされてしまった姉フリッグと弟シグルスを探しに来たからだ。

 だが、この地球は資源や科学技術、軍事兵器がそれなりにあるため、我々が所有しようと考えた。

 我々の住むアスガルド星は地球よりも優れた科学技術を持っているが、アスガルド星では支配種族であるロボットたちの方が地球の機械技術や軍事兵器を持つ方が相応しい。この星の資源と機械技術を手に入れる』

 オーディンの宣言を聞いて、この映像を見ていた者たちは呆然となった。資源と軍事兵器の入手の他にも、アスガルド星の支配種族がロボットだということに耳を疑ったことだろう。

「アスガルド星からやって来たオーディンとその配下がロボットだって? ということはシグルスくんとフリッグさんもロボットだというの!?」

 自分の家で『マシンレジェンド』を見た後にオーディンの電波ジャックを目にした智佐絵は驚いていた。純也もオーディンがロボットならば、自分の友達となったシグルスとその姉もロボットだと気づくと信じられなかった。

 堀込兄弟に至っては、源は金城国際重工の社員に頼まれてシグルスのスパイをさせられたとはいえ、シグルス姉弟が本当にロボットで、シグルス姉弟の後を追いかけてきたオーディンとその仲間の登場に震えていたのだ。

(うう、おれはどうしたらいいんだよ……。もしオーディンって奴に金城国際重工の命令とはいえ、シグルスのスパイのことを報告していることを知られてしまったら……)


 テレビ画面ではオーディンの地球資源及び軍事兵器入手の宣告とアスガルド星のロボットが地球に来た理由の説明が終わると波の画像に入り、男性ニュースキャスターの姿が映し出される。

『皆さん、失礼いたしました。先程の電波ジャックにより、国会議事堂では総理と各首脳大臣による緊急会議が行(おこな)われてます』

 テレビには国会議事堂の政治家たちの会議現場になり、内務防衛大臣や外務防衛大臣たちといった話し合いが映し出される。

「これからどうすればよいのですか!」

「我々はアスガルド星の者たちに従わなくてはならないのですか!」

 大臣たちが総理に決断を委ねるようすからして、政界はパニックになっている様子がわかった。

 オーディンの電波ジャックのあった日の夜の高里家では、父が帰りの電車の中でスマートフォンのネットニュースを見て、急いで自宅に帰宅し、妻子とシグルス姉弟と話し合った。

「何ということだ……。シグルスとフリッグの後を追いかけてきたとはいえ、アスガルド星のロボット、しかも上層部が来るなんて思ってもなかった。それだけならともかく、地球の資源や軍事兵器までも手に入れようとしているなんて……」

 父はフリッグが作ってくれた夕食のアジの塩焼きと味噌汁と筑前煮を口にしながらこれからどうするか言った。

「栄希と夢乃と同じ学校の子や先生だけでなく、町中の、いやどこに行ってもわたしたちの家にロボットの姉弟がいることを知られてしまったんですもの。本当にどうしたら……」

 母も手を額に当てる。地球にやって来たアスガルド星の上層部のロボットの仲間が高里家にいることで、シグルスとフリッグだけでなく栄希と夢乃にも周囲の人間から非難や糾弾を浴びせられると思ったのだ。シグルスとフリッグがロボットということはもう隠せない。栄希と夢乃も黙りこくる。

「とにかくシグルスくんとフリッグちゃんは騒ぎが納まるまで家にいなさい。栄希、夢乃。学校で他の人に訊かれても、気にしちゃ駄目よ」

 母はシグルスとフリッグ、子供たちに言った。


 次の日、栄希と夢乃は家を出る時、シグルスとフリッグに見送られて学校に行った。自分たちはともかく、シグルスは学校に行けない。町の中は自動車が走り、制服を着た中高生が学校に向かっていき、バス停では会社へ向かう大人の男女が待機していた。

 外は晴れているのに、栄希と夢乃の心は曇っていた。学校に来ると朝練を受けているサッカー部や野球部や陸上部などの生徒たちが栄希と夢乃を目にしてそそくさと振り向いた。

「まさかな……」

 栄希は校庭にいた生徒たちの様子を見て嫌な予感が身に伝わる。六年二組の教室に入ると、栄希はクラスの面々が自分にいつもと違う視線を向けていたのだ。

「み、みんな、どうしたんだよ……」

 すると男子の一人が栄希に言ってきた。

「どうしたって、すっとぼけるなよ。シグルスってロボットだったんだってな。しかも昨日テレビで人間たちの資源や軍事兵器を手に入れようとしているオーディン陛下って奴の仲間だってことを!」

 やっぱり知られていた……。しかも次々と同級生が栄希に向かって言ってくる。

「オーディンは地球を征服しようとしている。シグルスはロボットの星からやって来たスパイだったんだ!」

「自分がロボットだということを隠して、しかも人間の家に転がり込むなんて、図々しいにも程がある」

「大人しい性格にだまされていたんだわ、わたしたち。きっとロボットってみんな恐ろしくって残忍なんだわ」

「おやっ、肝心のシグルスがいないぞ。さてはあいつ、学校を休んだな。いざという時に逃げやがって」

 誰もが昨日のアスガルド星の王オーディンの電波ジャックによる地球侵略宣言でシグルスがロボットだと知った上でオーディンの仲間だということに非難し始めた。昨日の昼まで勉強も運動も歌唱も掃除もできるシグルスを褒め称えて尊敬していたのに、たった一夜で態度を変えたみんなの様子を見て栄希は黙って立っていた。

 その時、教室の前扉が開いて、牧野先生が入ってきた。

「みなさーん、席に着いて。今日の一時間目はシグルスくんのことも兼ねて緊急学級会を開きます」

 先生が入ってきたので、みんな席に着く。先生は出席簿と席を見て、シグルスがいないことに気づいた。

「高里くん、アスガルドくんは来ていないの?」

「はい。ほとぼりが冷めるまで学校を、いえ家から出ないことに……」

 栄希からシグルスのことを聞いた牧野先生は昨日のテレビでの電波ジャックとシグルスについて語りだす。

「皆さん、全員じゃないけど多くの人たちは見ていたでしょう。アスガルド星のロボットの侵略宣言を。

 あとシグルスくんがロボットだということは先生も気づきませんでした。だけど、シグルスくんがロボットの星のスパイかどうかまでは疑うことはないんじゃないの?」

 その時、男子の一人が立ち上がって先生に言ってきた。

「先生、マンガやテレビや映画や小説に出てくるロボットは人間の生活を支えたりするロボットから人間の支配者まで色々あります。

 オーディンは人間を支配しようとするロボットに入るものだと思います。シグルスくんはどうか別として」

 次に別の男子が意見を述べる。

「オーディンは地球征服を企んでいて、地球のことを知るために子供のロボットのシグルスを地球に送り込んだのは、子供だと誰もが油断するからだと思います」

「異議あり」と一人の男子が手を上げて席から立った。純也である。

「ぼくはそう思いません。オーディンは地球を征服しようかどうかはともかく、シグルスくんはそんなことはしないです。スパイの証拠がないから」

 純也はシグルスを弁護する意見を言い放つ。

「わたしもシグルスくんがスパイをするような子ではないと信じています」

 そう言ったのは智佐絵だった。この二人は春の連休に高里家のホームパーティーでシグルスの姉フリッグと会い、また二人と親しくなったからだ。

「智佐絵ちゃん、だまされちゃだめよ。ロボットって、自分が優れているのを自慢していて人間のことは見下している、っていうのが多いのよ」

 智佐絵の友人の女子が言ってきた。

「先生、もしかして日本や他の国の自衛隊がアスガルド星のロボットからの侵略を避けるために、戦争することって起きるんですか?」

 そう言ってきたのは気弱な女子、瑞島福美(みずしまふくみ)だった。先生はそれを訊かれて福美に言った。

「え、ええと今はアスガルド星のロボットたちが攻撃を仕掛けてこない限りは安心して」

 先生が福美をなだめるように言うと、六年二組の生徒に向かって言う。

「みなさん、今しばらくはテレビや新聞やインターネットの新情報が入ってくるまで今までどおりに過ごしておいて下さい。

 まだ時間があるので国語の授業を始めます」


 一時間目の授業後の休み時間、純也と智佐絵と福美が栄希の机にやって来た。

「栄希くん、クラスのみんな、いや学校や町の人たちがシグルスくんとフリッグさんのことをロボットの星のスパイだと疑っているようだけど、気にしない方がいいよ」

「うん、ありがとな……」

「あの二人がロボットなのはともかく、いい人だもの。何かの間違いよ」

 純也が栄希に言うと智佐絵も頷く。栄希たち以外のクラスメイトは牧山先生の言葉に従っているらしく、昨日のテレビドラマについての内容や好きなアイドルについての会話をしあったり、トイレに行っていたりしていた。

 源も浮かない顔をして椅子に座り、金城国際重工に今日のシグルスについてのメールを誰にも見られないように送っていた。

『今学校では昨日の電波ジャックのことでシグルスがロボットたちのスパイという話で持ちきり。今日はシグルスは学校に来ていない』

 このメールを金城国際重工に送信すると、金城国際重工のパソコンに届く。源にシグルスの監視役を担わせた社員がメールを確認する。

「ふーむ、学校には来なかったか……。だけどオーディンとその一味の場所がわかれば、奴らをここに連れてくることが出来るのにな」

 もちろん金城国際重工の社員や会長たちも昨日のオーディンの電波ジャックに驚くも、オーディンたちがロボットだと知ると、彼らを捕まえて調べようと目論んでいた。表向きは一本の釘から大型船のパーツまで造っていることになっているが、会長を中心に重役たちはあるプロジェクトを企てていたのだ。