1話・高里兄妹との出会い



 二〇二五年の地球。日本国東京都にある絹橋(きぬばし)市。絹橋は東京程ではないが、ビルが並び、住宅街の中に森林や小山のある自然豊かな街であった。
 その絹橋市の住宅街の一角に一組の家族が住んでいた。
「お兄ちゃーん、公園に行って遊ぼうよー」
 ドアの向こうから妹の呼ぶ声が聞こえてくる。高里(たかさと)栄希(えいき)は机に座り、漢字の問題集を終わらせようとしていた。
「待っててよ、あと一問だから」
 漢字の誤字を正しく書く問題で行き詰っていたが、ようやく終わらせることができた。
「よーし、終わったぞ。今行くよ」
 そう言って栄希はクローゼットからジージャンを出してTシャツの上にはおってドアを開けた。ドアの前では妹の夢乃(ゆめの)が立っていた。夢乃は肩まである髪をピンクのリボンでツインテールにしてバルーンスカートのワンピースを着ていた。
 栄希は夢乃を連れて居間で掃除機をかけている母に声をかけた。
「お母さん、夢乃と一緒に公園に行ってくるよ」
「公園? 行ってもいいけど、夕方までには帰ってくるのよ」
「はーい」
 栄希と夢乃は玄関を出て靴を履いて、住宅街の道路を歩いていった。今日は晴れで白い雲が青空にいくつか浮かんでいて太陽の光で暖かかった。住宅街の家並みも三角や台形の屋根に壁も生成り色や灰色と様々で、平和で平穏な風景だった。
「夢乃、公園に行きたい、って言ってたけど、どこの公園がいいんだ?」
 栄希が尋ねてくると、夢乃は答えた。
「山の上公園! あそこ、レンゲの花がたくさん咲いているんだ。たくさんつんで、ママに見せてあげるんだ」
「山の上公園な。じゃあ、そこへ行くか」
 栄希と夢乃は住宅街の中にある小山へ行き、小山の中にある公園へと進んでいった。
 山の上公園はケヤキやブナ、カシワやナラといった木々が植えられた雑木林で、山の上の方には桜の木や楓の木も植えられており、春の今は桜の木は薄紅色の花を咲かせていた。
 桜と楓のある場所には滑り台やジャングルジムや砂場や雲梯、ブランコや鉄棒といった遊具があり、幼稚園の子を連れたお母さんや小学校中学年のグループが遊んでいた。
 遊具のある場所とは反対の場所に花畑があり、栄希と夢乃はそこに来ていたのだ。山の上公園の花畑はシロツメクサやオオイヌノフグリ、アザミやハルジオン、赤紫のレンゲが咲いていたのだ。
「うわぁ、本当にレンゲがたくさん咲いている!」
 栄希は花畑のレンゲの多さを目にして感心する。花畑は春風で草花や木の枝がゆらゆら揺れて、丸太の柵の先は見渡せる青い空と白い雲、駒のように並ぶ家並みとビル、駅と電車のレールウェイが見え、いつ来ても眺めのいいものだ、と栄希は思った。夢乃はレンゲの花をたくさんつんで、腕輪や花冠にして作っていた。
(こんなに平和だと、何も考えられなくなるものかな……)
 栄希は思った。自分たちの住んでいる東京絹橋市は平和でも、テレビやインターネットのニュースでは、同じ東京でも違う町、同じ日本でも道府県、同じ地球でも違う国では物騒な事件が起きている。誘拐、虐待、テロリズム、戦争、児童労働、環境汚染……。
 学校や図書館の本でも戦争や環境問題のことを調べることはあったけど、文章と写真だけではピンとこないことが多く感じた。
(昔は戦争があったけど、日本は戦争に出てないし、テロリズムもない。だけど、近い未来にぼくたち日本人も戦争に出るのかもしれない)
 栄希がそう思っていた時だった。一瞬空が白く眩しく光ったかと思うと、栄希と夢乃のいる山の上公園の花畑に一本の光の柱が落ちてきて、栄希と夢乃はその眩しさにまぶたを閉ざした。
「うわっ!!」
 しかし、それはほんの数秒のことで、遊具広場で遊んでいた子供たちや高里兄妹以外の絹橋市の人間たちには気付かなかった。

「い、一体……何が起きたんだ!?」
 あまりの眩しさに両目のまぶただけでなく、右腕で視界をふさいでいた栄希と夢乃は眩しさがなくなると、腕を下ろして目を開く。
「あっ!?」
 兄妹はそろえて声を上げた。何と花畑の中心に見知らぬ二人が仰向けに横たわっていたからだ。一人は高校生くらいの女の子で長い亜麻色の髪に白い肌、黒い光沢素材の凝ったデザインの肩出しのワンピースに黒いエナメル材のブーツの服装だった。
 男の子の方は栄希と同い年かそれより下の感じで、はねのある金髪に白い肌、赤い縦襟のジャケットにカーキ色のロングパンツに足元は赤いエナメル材のハイカットシューズの姿だった。
「お、お兄ちゃん、この人たち、さっきまでいなかったよ!?」
 夢乃も驚いて栄希に尋ねる。
「ぼ、ぼくもこの二人を初めて目にしたよ。もしかして……」
 栄希は空を見上げた。空は青いままで、白い雲がいくつも浮かび、太陽が西の方に傾いていた。
「もしかしてこの二人と、さっきの光が関係しているのか……?」
 栄希は思った。白い光の柱は一瞬で、兄妹しかいなかった花畑に落ちてきて、この二人が現れたのだと。
「この人たち、もしかして宇宙人? それとも妖精なのかな? それにしても人間そっくり……」
「そんな訳ないだろ、夢乃。この二人を起こして、様子を見てどこか悪かったら一一九番を呼ぶんだ。お姉さん、大丈夫ですか!?」
 栄希は女の子に呼びかける。栄希の呼びかけで女の子はピクッと動き、「ん……」と唸った。栄希は女の子の様子を見てホッとする。
「ねぇ、あなた。起きて下さい。大丈夫ですかー?」
 夢乃も男の子に声をかける。
「ん……」
 男の子が軽く唸ると、夢乃は栄希に言う。
「この子も大丈夫みたいだよ」
「じゃあこの人たちを起こして木陰の下に寄らせて座らせないと」
 栄希が女の子を持ち上げようとした時、普通ではないのを感じた。体温もあって体の肉付きも普通でそれなのに重みを感じたのだった。見かけによらず太っていたのではない。まるで金属を持ち上げたように感じたのだった。
(この人、見かけは人間だけど、人間じゃない!? どういうことだ?)
 栄希が女の子を持ち上げて木陰に運ぼうとした時、夢乃も男の子を持ち上げて不思議に感じた。
「お兄ちゃん、この子見かけによらず重たいよ〜」
「この子もか!? この二人、一体何者……?」
 栄希が不思議がっていると、女の子の体から謎の音が聞こえてきた。
 キュイ〜、カリカリカリ、ピー。
「えっ」
 栄希がその音を耳にして目を丸くする。女の子の中の音が消えると、女お子は上半身を上にそらして起き上がり、まぶたを開けて澄み切った水のような水色の瞳を兄妹に見せた。
「う、動いた! お姉さんは何者……」
 栄希は女の子が目覚めて起き出したのを目にして思わず尋ねる。すると女の子は難しい言葉を呟いてから、名乗った。
「……言語プログラム作動、確認。言語、切り換え。わたしの名前はフリッグ」
「フ、フリッグっていう名前なのか、お姉さんは? じゃあ、この子は?」
夢乃がフリッグと名乗った女の子に訊くと、男の子に目をやる。すると男の子も奇妙な音を発してから起き上がって、深緑の眼を見せる。
「有機生命反応、確認。及び他ロボット反応確認。……お姉ちゃん」
 男の子の方も難しい言葉を発してから、フリッグの方を目にして言った。男の子はフリッグの弟のようだった。
「この二人って姉弟(きょうだい)だったのね」
 夢乃が突如現れた女の子と男の子が姉弟だと納得したが、栄希は男の子の発したある言葉を聞いて驚いていた。
「君たちは人間じゃないのか? ロボットって、言ってたような……」
 栄希が思わずフリッグとその弟に思わず尋ねてきたので、姉弟は顔を見合わせてから頷いた。フリッグは日本語で訛りも高低もなく話す。
「そうです。わたしと弟フリッグはロボット……。アスガルドという惑星の出身です」
「えええええ!?」
 栄希と夢乃はフリッグとシグルスが人間そっくりのロボットで、しかもアスガルドという聞いたことのない惑星の生まれだと知ると、尚更驚いた。
「でも……何で地球に?」
 夢乃がそれを思って訊くと、フリッグは説明しだす。
「……わたしやシグルス、多くのロボットが住んでいるアスガルド星は宇宙の各惑星の文明や技術、科学や秘巧を参考にしてロボットだけが住み、乗り物や建物、燃料製造といった生活をくり出しています。
 アスガルド星は鉄や鉛などの鉱物、水晶やダイヤモンドなどの鉱石を資源にしていますが、アスガルド星の物だけでは限度があり、空間物質移動装置を使って他の惑星の資源を入手しています。
 空間物質移動装置を使えば、アスガルド星と他の惑星を繋ぐ光の柱の道が出来て、資源を集める事が出来ます。
 しかし、わたしとシグルスは空間物質移動装置が落雷による事故で誤作動が起きてしまい、この惑星に来てしまったようです」
 栄希と夢乃はフリッグの話を聞いて何となく理解した。
「ああ、それでか。さっきの光の柱は装置の事故によるものだったんだね……」
「それで、他のロボットたちはあなたたちがいなくなったことを知っているの?」
 その質問にシグルスが答える。
「いや、知らない可能性が高い。だって空間物質移動装置はぼくたちの居住区である都から随分離れた場所にあるから……」
「アスガルド星から光の柱が来ないと帰れないのか……」
 栄希が手をあごに当てて考えると、フリッグとシグルスに言った。
「ねぇ、帰れる方法が見つかるまでか仲間のロボットが迎えに来るまで、ぼくの家に来ない? お父さんとお母さんにも話して」
「お、お兄ちゃん、いいの!?」
 夢乃が兄の思い付きを聞いて目を丸くする。
「この二人、事故でアスガルド星からやって来たとはいえ、地球じゃ知り合いが一人もいないんだから、家に置いていってあげようよ。帰れるまでの間だけで」
「いいのかなぁ……。パパとママ、この二人を家に置いてくれるのかなぁ……」
 夢乃は栄希の思いつきを聞くと、両親はどんな顔をするのか心配担ってきた。

 フリッグとシグルスの姉弟は高里兄妹と一緒に家に向かうことになった。高台の野原から見える景色を見て、シグルスは栄希と夢乃に言ってきた。
「家の形や色、ビルも質素。地球では自動車がタイヤで走っていて、列車も地面の線路の上に沿って走っているんだね」
「ああ、アスガルド星ではいわゆるハイテクなのかい?」
 栄希がシグルスに訊くと、シグルスはこう答える。
「ぼくたちの住んでいる都はビルは銀色や虹色がかった白やメタリックな色なのが多くて、家屋は世帯によって異なるけど地面の上だけでなく川や湖の上、広い敷地を使って浮遊エンジンを付けた空中都市もあるし、海中ドーム都市や地中都市もあるんだ。車はみんな空中機動で、列車は地上より何十メートルも上に離れていてチューブの中を走っているんだ」
「SFマンガやアニメの未来世界みたいなんだね、アスガルド星って」
 夢乃がシグルスからアスガルド星の様子の話を聞いて呟いた。
「えすえふ?」
「サイエンスフィクションの略で、空想科学のこと。つまり人間が作ったマンガやアニメや小説や映画のことだよ」
 栄希がシグルスにSFの説明をする。
「地球ではさ、地球以外の星の人間が侵略などの理由で地球に来たり、人間に機械を内蔵してサイボーグにしたり、ロボットが人間と携わるマンガや映画がたくさんあるってことだよ」
「今まさにお兄ちゃんとわたしが地球以外の星からやって来たロボットと出会っているのがすでにSFの一コマなんだけどね」
 夢乃が軽く笑った。
「山を下りて家に帰ろう。もうすぐ夕方になる」
 空の日は西に傾きかけている。高里兄妹とシグルス姉弟は山の上公園の花畑を出て住宅街へと通じる道を下っていった。
 小山の道は木のない地面に木材を入れて段上にしており、小山の道はブナやカシワ、クスノキなどの木々が生い茂り緑の葉をつけていた。四人が小山の道を下りると住宅街では小さな子や高里兄妹と歳の近い子が家の中へ入り、お母さんが庭やベランダの洗濯物を片づけたり、おじいさんが杖をついて歩いていたり、犬の散歩をさせているおじさんもいた。
「男、女、子供、若者、年寄り。地球っていろんな人間が住んでいるんだね」
 シグルスが町の様子を見て栄希に言ってくる。
「でもシグルスとフリッグがロボットなんだろ? ロボットなんて時と場所によって体を変えられるんだろ?」
 栄希が訊いてくると、フリッグがアスガルド星住民のロボットについての説明をする。
「アスガルド星ではわたしたちのように人間に近い姿のロボットもいれば、空を飛べるように翼やジェットエンジンを付けたり水の中でも活動できるように改造することもあるんですよ」
「ふぅ〜ん、そうだんだ〜」
 夢乃がフリッグの話を聞いて納得する。ロボットは人間と違って体の造り変えが出来るのがメリットなのだろう。一方で人間では宇宙空間や水中といった場所では防護服を着なくてはならないのだから。
「着いたよ」
 栄希がシグルスとフリッグに自分の家を紹介する。高里家は二階建ての茶色の台形屋根にベージュの壁、庭も車庫もある住宅だった。
「ただいまー」
 兄妹が玄関に入り続いてシグルスとフリッグも玄関に入る。すると台所から兄妹の母、高里(たかさと)乙葉(おとは)が出てきて廊下と繋がる玄関の方にやってくる。
「お帰りなさい。あら、この子たちは……?」
 夢乃によく似た顔立ちの母がフリッグとシグルスを見て兄妹に尋ねる。
「あの、お母さん……。この二人のことなんだけどね……」
 栄希が母にしどろもどろながらも、フリッグとシグルスについて話した。
「この子たちが地球以外の星からやって来たロボットですって!? どう見てもヨーロッパあたりの人みたいじゃない! 栄希、夢乃。ふざけるのも大概にしなさいよ」
 母は眉と目をつり上げて兄妹を叱る。するとシグルスとフリッグが母を止める。
「本当です。わたしと弟はロボットなんです」
「栄希くんと夢乃ちゃんはぼくたちを思って自分の家に連れて来てくれたんです」
「あ、あなたたちまで……」
 母は頭を抑えつつもシグルスとフリッグを叱ろうとしたその時だった。
「ただいまー。何だみんなして、ここにいるなんて?」
 玄関のドアが開いて四角眼鏡に栄希によく似た顔立ちの男の人が入ってきた。男の人は灰色のスーツに紺のネクタイ姿に茶色い革製の手提げバッグを持っていた。
「お父さん」
「パパ」
 栄希と夢乃の父、高里明夫(あきお)が勤め先の家電製品会社から帰ってきたところだった。母は父が帰ってきたのを見て、父に言ってきた。
「ああ、あなた丁度良かった。栄希と夢乃が山の上公園に遊びに行ったら、この二人を見つけてきて家に連れてきた、っていうのよ。
 しかもこの二人ロボットだって言っているのよ……。警察に届けた方がいいんじゃないの?」
 父は自分の息子と娘の他に見ず知らずの姉弟がいて、この二人がロボットと聞くと首をかしげる。
「……本当に君たちロボットなのかい?」
「はい」
 父がフリッグとシグルスに訊いてくると、二人は答える。
「……ここにいるのもなんだから、リビングに入れてあげなさい。二人に話を聞いて本当にロボットかどうか確かめようじゃないか」

 父の案で栄希と夢乃、フリッグとシグルスはリビングに来て、父は一人がけ、栄希と夢乃は父の手前の二人がけ、フリッグとシグルスは父の対する三人がけソファに座る。母は父の近くに立ってこの様子を見ていた。
「この本を読んでみなさい」
 父が自分の書斎から持ってきたのは一冊の事典で、それも物理学の本だった。
 フリッグは物理学事典を手に取り、一ページ目から目を通して読んでいく。
「文章理解プログラム作動……。空気中における気圧変化……。酸性とアルカリ性の性分化合における中性への変化……。有機生命体の放射性物質の安全度……」
 フリッグはわずか数分の間に物理学事典を読了して説いた。その様子を見て父は母に言う。
「見ただろう? ロボットなら大人でも理解するのに時間のかかる書物を短時間で処理してしまう。この子たちは本当にロボットなんだよ」
「で、でも自分で考えたり思ったりするなんてまだ信じられないわ」
「この子たちが住んでいた星のロボットはCPUやAIが現在の地球のロボットと違って高性能なんだよ。それにこの二人は根も良さそうだし、帰れるまで家に置いてあげようじゃないか」
 父がシグルスとフリッグを高里家の一員として受け入れることを許すと栄希と夢乃は安心した。もしシグルスとフリッグが家に置いてもらえなかったらどうしようと思っていたのだ。
 こうしてシグルスとフリッグは高里家に住むことになったのだった。