10話・君たちの中にいる


 部屋に取り残されたのはシグルスと夢乃、オーディンたちだった。刑事はオーディンたちを目にして、尋ねてくる。

「あなたは人間たちに侵略を宣言してきたそうじゃないですか。政府は数日続けてロボットの対処法を会議し続けてきたんですよ。

 ですが最近になってあなたたちの行動がいつまで経っても不明なため、政府はこう判断してきたんですよ」

 刑事さんは政府から告げられた判断をオーディンたちに伝えた。

「『ロボットたちが我々に挑発してこない限り、我々も攻撃を仕掛けたりしない』と。ですが警察としては身柄を拘束……」

 刑事さんの話を聞いて夢乃が代弁する。

「刑事さん、シグルスたちはわたしを助けに来てくれたの。見逃してあげて」

「夢乃ちゃん……」

 シグルスたちを庇う夢乃を見て、シグルスはどうしようかと止(とど)まっていた。その時、オーディンが撃たれた左肩を抑えながら刑事さんに言ってきた。

「我々がここに来たのは、行方不明になったシグルスとフリッグを探しに北だけだった。地球が我々の住むアスガルド星が環境や資源が似ているため、第二のアスガルド星にしようとしてしまったことは詫びる。

 我々は地球を去る。政府の人間たちが我々を危険視扱いしているうちに……」

 それを聞いて夢乃はシグルスに問いかけてくる。

「それってオーディンたちだけでなく、シグルスやフリッグも帰っちゃうんだよね? いきなり別れるなんて嫌だよ……」

 夢乃は泣き出してしまった。

「夢乃ちゃん、これは仕方のないことなんだよ。ロボットと人間は住む世界が違うんだから……」

 その時婦警の女の人が現れて夢乃に話しかけてきた。

「夢乃ちゃん、わたしたちと一緒に行きましょう。お父さんもお母さんもお兄さんも待っているわよ……」

「やだ! シグルスとフリッグも一緒じゃないと帰らない!!」

 夢乃は大きく首を横に振って駄々をこねた。

「夢乃ちゃん、栄希くんとお父さんとお母さん、学校の先生やみんなに伝えてほしいんだ。

『ぼくとお姉ちゃんと一緒に過ごしてきてくれてありがとう。みんなのおかげでぼくたちはこの世界にいられることができた』って。

 それから、これを持ってて」

 そう言ってシグルスは自分の首にかけていた銀色の鎖に水色の石がはめ込まれた金色の板状のペンダントを外し、夢乃の首にかけてあげた。

「これをぼくとお姉ちゃんだと思って持っていてほしい。元々はぼくの最初の主人の形見として持っていたけれど……」

「これをくれるの……?」

「うん。夢乃ちゃんと栄希くんが持っていて。夢乃ちゃん、君は家に帰って……」

 そう言ってシグルスは夢乃に背を向けた。

「さようなら」

「行くぞ」

 オーディンがシグルスに声をかけると、ロボットたちは屋上へ行き、再びドローンを使って赤城山の拠点地に戻っていったのだった。金城国際重工のビルの窓から夢乃は去っていくシグルスたちを見送っていた。


 夢乃は警察の人たちに連れられて、その日の夜に絹橋市の警察署で待っていると両親と兄が迎えに来てくれたのだった。

「夢乃!!」

「パパ、ママ、お兄ちゃん!」

 署内の待合室にいた夢乃は母に抱きしめられ、父も兄も夢乃の無事を喜んだ。

「夢乃、シグルスとフリッグは……?」

 栄希が夢乃に尋ねてくると、夢乃は答えた。

「オーディンたちと一緒にアスガルド星に帰っていく、って……」

 それを聞いて栄希はショックを受けるも、呟いた。

「はは……。そうだよな……。いずれはシグルスとフリッグはアスガルド星に帰ることをしていたもんな……」

 うなだれる栄希を目にして父が言ってきた。

「栄希、残念だけど、これが最善なんだよ。寂しくなるけど……」

「うっ……。ぼくにさよならを言わずに帰っちゃうなんて……」

 栄希は拳を握り、両目から涙をこぼした。夢乃にはわかっていた。直接さよならをした自分より、遠くにいて言えなかった兄の方が辛いことを。


 夢乃が警察の人たちと一緒に絹橋市に帰っている頃、赤城山ではフリッグが弟とオーディンたちの帰りを迎えてくれた。空から着地していく中、フリッグはオーディンの左肩を目にする。

「陛下、破損しているじゃない! シグルス、夢乃ちゃんは……?」

「夢乃ちゃんは警察の人に保護されて、絹橋市に帰っていったよ……」

 それを聞いてフリッグはホッとした。先程、廃墟に入れていた地上デジタル放送を偶然目にした時、ある夕方ニュースで金城国際重工の会長が逮捕されたのを知ったからだ。

「ああ、あとそれと……」

 フリッグはみんなに伝える。

「陛下たちが帰る時の空間物質移動のタイマーが今夜の十二時だという記録が出たの。今夜限りよ。アスガルド星に帰れるのは」

 それを聞いて、テュールやフェンリルたちがざわついた。

「ああ、そういやそうだったな」

「とうとうこの地球とお別れか。なつかしいアスガルド星に帰れる」

 テュールたちが喜んでいる中、シグルスはフリッグに訊かれた。

「シグルス、今夜帰ったら栄希くんや夢乃ちゃんとはもう会えないのよ。それでもいい?」

 シグルスはためらわずに答えた。

「ぼくは夢乃ちゃんに言ったんだ。『アスガルド星に帰る』って。栄希くんや夢乃ちゃん、お父さんとお母さん、学校のみんなとは別れちゃうけど、ぼくはみんなのことはメモリーに刻んでおくから……」

「そう……。そうよね、もう会えなくても、わたしやシグルスのメモリーの中に、栄希くんや夢乃ちゃんたちがいるものね……」

 姉弟の決心は辛いものだったが、アスガルド星に帰って他のロボットたちとの生活を選んだのだった。


 夜の十二時。空は紺色に星々が輝き、十三夜の月が銀色に輝いていた。オーディンの修理も終わり、アスガルド星のロボットたちは自分たちが地球に来た時の同じ場所に集まって、空間物質移動装置の光の柱が現れるのを待った。

 シグルスとフリッグは栄希や学校の友達とお別れを言えないまま、立っていた。

 そして、空から白い光の柱が現れて、地球とアスガルド星をつなぐ道が現れると、ロボットたちは光の柱の中を浮くように昇っていった。

「栄希くん、夢乃ちゃん、お父さん、お母さん、学校のみんな。さようなら……。いつまでも覚えているよ」

 シグルスはそう呟くと、柱の中を昇っていき、アスガルド星へと向かっていった。

 そして光の柱は消え、何事もなかったかのように月が夜空を照らしていた。


 シグルスとフリッグがアスガルド星のロボットたちと共にアスガルド星に帰ってから十日が経った。町中は道路に車が走り、電車が線路の上を駆けて、鳥や虫たちは空を舞い、人々は学校や職場に足を向ける――平凡な日々だった。ただ世間では金城国際重工の会長が少女を誘拐したことと軍事国の依頼で戦争用ロボットを造ろうとしていたことが明るみに出て、金城国際重工は他企業に買収されて倒産した。

 絹橋第三小学校では栄希と夢乃は今まで通りに登校し、友達と過ごして平凡で平穏な毎日を送っていた。ただ、春休みからずっと暮らしてきた姉弟がいなくなってからは虚ろになっていたが。

 栄希と同じクラスの純也と智佐絵と福美、ガキ大将の源でさえも、栄希の様子を見て気にしていた。

「一ヶ月以上も暮らしていると、情が出てしまうんだね」

 純也が栄希を目にして述べてきた。

「シグルスの仲間のロボットが地球を侵略しようとしてきた時は正直驚いたけど、結局は引いていったわ」

「折角わかり合えそうだったのにね」

 福美と智佐絵がつい十日前のことを話し合う。

「おれだって金城からシグルスのスパイをやらされた時は何のことかと思っていたら、後でわかったからな。フリッグさんはロボットでいいから、もっとそばにいたかったな」

 源が呟いた。

 この日は栄希と夢乃は一緒に帰って、両親が帰ってくるまで、二人で過ごすことにした。夢乃はリビングのソファで座り込み、栄希は宿題のドリルを開いて解いていた。

 夢乃はシグルスからもらったペンダントをシャツの内側から出して眺める。シグルスのペンダントは、金色の台座は盾のような五角形に透明な水色の石は縦長の六角形にカットされてはめ込まれていた。

 夢乃は右の人差し指で思わず触れた時だった。水色の石が仄かに光り輝き、近くにいた栄希もそれを見て、反応する。

「え、何だ!?」

 すると、石から無数の光の玉が出てきて、その一つ一つにシグルスとフリッグの思い出が映し出されていたのだ。

 初めて栄希兄妹と出会った時、学校に通いだした時、遠足やホームパーティーでの出来事、オーディンの元へ訪ねた時……。思い出がホログラムの玉とんって現れたのだった。

「ああ、そうか。シグルスがぼくと夢乃にこのペンダントを渡した理由が……」

 栄希は呟いた。

「お兄ちゃん?」

「このペンダントは記憶装置だったんだ。シグルスとフリッグがぼくや夢乃やみんなと過ごした日々を収めていたんだ……。

 シグルスとフリッグはいたんだ。ぼくたちの中に……」

 栄希は言った。

 シグルスとフリッグ本人は目の前にいなくても、自分たちの想い出の中ではまた会えることを悟ったのだった。

「二人は、思い出の中に……」

 夢乃も感じた。住む世界や種族は違っても、人間もロボットも想い出は変わらないことを。

 そしてアスガルド星と地球が遠く離れていても、二組の兄弟は友達のままでい続けることを。

 栄希と夢乃は窓から紫がかった青空を目にして、一番星を見つけたのだった。


〈完〉