2話・高里家での生活


 シグルスと姉フリッグはアスガルド星に帰れるまで高里家に置いてもらえることになった。

 まず姉弟の寝室を作ることになり、栄希と夢乃、父は二階の使っていない部屋を姉弟の部屋にする作業を始めた。部屋はちょうど二人が横になって寝れる五畳間で、栄希は一階の客用寝室からフリッグとシグルスが寝るための布団と枕を持ってきた。

「ここは物置として使っていたけど、ここを君たちの部屋にしよう」

 父がフリッグとシグルスに言った。部屋の中は窓一つと段ボールに入った行事の道具、季節によって使う電化製品が置かれていたが、父と夢乃が工夫して寝るスペースを作ってあげた。

「みんなー、ご飯よー」

 一階から母の呼ぶ声がしたので栄希がたちは一階に下りる。ダイニングは台所とつながっており、フローリングの床の上に縦長の食卓と椅子が六脚、食卓の上には母が作ってくれた今日の晩食が置いてある。サラダ、味噌汁、かぼちゃの煮つけ、マカロニグラタン、炊き立て白ご飯。父は上座、栄希と夢乃は父の左側、母は台所の近くの席に座り、フリッグとシグルスは栄希と夢乃の向かい側に座る。

「あっ、フリッグとシグルスはロボットだから人間と同じものが食べられないんじゃ……」

 夢乃が気付くと、フリッグはこう答える。

「あ、わたしやシグルスや他のアスガルド星のロボットたちは燃料類だけでなく有機エネルギーも摂取できるように改造されているんです。有機無機混合資源蓄積装置といって、オイルでも野菜でも取り入れることが出来るんです」

「ああ、そうなの……。じゃあ、わざわざ化学燃料を買わなくて済むんだね……」

 栄希がフリッグとシグルスの体内装置の話を聞くと、みんな手を合わせて食事のあいさつをする。

「いただきまーす」

 フリッグとシグルスは高里家の人たちが使う棒みたいな細くて小さい道具――箸を使って食べるのを目にして自分たちも箸を手に取り、それも握ったり刺したりせず親指と人差し指を使って持ち、サラダの野菜やかぼちゃを取って食べた。

「あら、箸の使い方はできるのね。あなたたちの住んでいたところでも使っていたの?」

 母がフリッグとシグルスに尋ねると、二人は答える。

「いいえ。今日が初めてです」

「栄希くんたちがこれを使って食べているのを見て覚えました」

「――……本当に性能の高いロボットだ」

 父が教えなくても箸の使い方を二分で覚えたフリッグとシグルスを見て感心する。

 晩食を食べ終えると、父母だけでなく栄希や夢乃も自分たちが使った食器は台所の流し台へ運んでいくのを目にして、フリッグとシグルスも食器を平皿、お椀、茶碗、コップの順に重ねて台所へ運んでいった。

 栄希と夢乃は食器を片づけた後はリビングに行ってソファに座ってテレビの電源を入れた。テレビの画面に華やかな衣装を身に付けた四人の女の子の姿が映し出される。

『次は人気絶好調のアイドルグループ、フレイヤでーす。曲は<Miracle Meet>』

 司会の女性の声と共に演奏が始まり、フレイヤと呼ばれる女の子たちも唄いだす。シグルスとフリッグもリビングにやって来て、フレイヤの歌唱映像を目にする。

 歌が終わると、夢乃はシグルスとフリッグにフレイヤの歌の感想を訊いてくる。

「ねぇ、どうだった? 良かったでしょ?」

「何言ってんの、夢乃。フリッグとシグルスはロボットだから音楽や絵とかの芸術なんてわからないんだよ」

 栄希が夢乃に言うと、シグルスは語り始める。

「いや、ぼくたちの住んでいたアスガルド星でも音楽や絵、劇や衣服といった文化はあるよ。そういうのが得意なロボットがやっているから。

 今の音楽は聞いていて明るくなれるようなものだったよ」

「シグルスとフリッグもフレイヤの歌の良さがわかるんだねぇ」

 夢乃はロボットでも音楽や芸術が理解できると知って感心する。フリッグとシグルスも栄希と夢乃と一緒に音楽番組を見て放送が終わると、母が呼んでくる。

「お風呂が沸いたわよー。栄希、シグルスくんと一緒に入りなさい」

「はーい」

 母からの呼びかけを聞いて栄希はソファから立ち上がり、シグルスに声をかける。

「お母さんがお風呂が出来たって言っているよ。シグルスも一緒に」

「お風呂?」

「今日の体や髪の汚れを洗って湯船につかることだよ。お母さんがぼくとシグルスが一緒に入ってって言ったのは、ぼくがシグルスに髪と体の洗い方を教えてやれってことで」

 栄希が入浴の説明をシグルスに教えると、シグルスは「ああ」と答える。

「機体洗浄のことか。アスガルド星では五日に一度で……」

「いや地球では流石に毎日入らないと。一緒にお風呂に行こう」

 栄希はシグルスの手を引いて脱衣所へと入っていった。

 栄希はTシャツとハーフパンツと靴下と下着を脱いで洗濯機の中に入れ風呂場の扉を開けようとした時、シグルスがためらっていた。シグルスの服は今きている物しかないのだと。

「ああ、そっか。パジャマと明日の服はぼくのを貸してあげるよ。さ、服を脱いで」

 栄希に促されてシグルスは服を脱ぎ、栄希と一緒に風呂場に足を踏み入れた。

(シグルス、本当にロボットなんだ……)

 栄希はシグルスの衣服の下を見て一瞬黙る。衣服を着ていた時はわからなかったが、今は肩やひじや手首、腰回りやひざや足首に関節の節目みたいな線があって、これがロボットである証拠だと知ったのだった。

「床に座って。髪と体を洗ってあげるよ」

 栄希はシグルスにそう言ってシグルスはタイルの張った床に座り、栄希が洗面器で浴槽の湯をすくって真上からシグルスにかける。ザパーとシグルスの体に湯がかけられ、水滴が体を伝って滴る。栄希はシャンプーのノズルを押して泡立てて、シグルス金髪を洗い出す。髪を洗っていると、栄希はシグルスの髪の毛の感覚が人間のものと違うことに気づく。

「髪の毛が何かすき通しがいいな。ロボットの髪の毛って、みんなこうなの?」

「うーん、個体によるかな。アスガルド星ではみんな人間型ばかりとは限らないし」

 シグルスは自分の星のロボットの外見について語りだす。その間に栄希はシグルスの髪を洗い流し、濡れスポンジにボディソープをつけてシグルスの体を洗う。

「人間型以外のロボットってどんなの?」

「角や蹄や爪を持った獣型や翼があって空を飛べる鳥型や背びれ足ひれを持つ水中活動型、地中の鉱物資源を掘るためにドリルを付けたロボットもいるからね」

 シグルスはロボットの種類を栄希に話す。栄希が洗面器でシグルスの体の泡を流し、シグルスに浴槽に入るように促した。シグルスが浴槽に入ると、見かけよりも質量があるため水が浴槽からあふれ出た。

「ありゃりゃ、ロボットがお風呂に入ると次にはいる人の湯水がなくなっちゃうな……」

 悪いけどシグルスとフリッグにはシャワーだけにしてもらおうか、と栄希は思った。


 栄希も髪と体を洗った後はパジャマに着替えて、シグルスにもパジャマを着せてあげた。シグルスには栄希のパジャマは一回り程ゆるかったようだ。フリッグも母のネグリジェを貸してもらい、シグルスとフリッグは寝るスペースの空いた物置に入って寝入った。正しくは休眠状態でロボットは体内燃料や活動エネルギーを無駄に使わないようにするために休眠システムが施されているのだが。

 次の日、シグルスとフリッグは目を覚まし、正しくは休眠解除して一階に下りた。リビングの時計は朝六時を指しており、高里家の人たちはまだ眠っていた。

 フリッグは台所に入って戸棚の中の料理本を見てページをめくり、シグルスはリビングに置いてあった充電式の掃除機を手に取った。


「栄希、夢乃。起きなさい。朝ごはん出来てるわよ」

 母の呼ぶ声が聞こえてきたので、それぞれの部屋のロフトの布団の中で寝ていた栄希と夢乃は目を覚ましてパジャマから普段着に着替えた。

「おはよう、お父さん。お母さん」

 栄希は寝ぼけ眼をこすりながら一階に下り、夢乃もついてくる。スーツ姿の父とチノパン姿の母が兄妹に声をかける。

「栄希、夢乃。これを見て」

 ダイニングの食卓の上にはベーコンエッグと白ご飯、サラダにグラスに注がれたミルク、ヨーグルトのカップに半分にして砂糖のかかったグレープフルーツが置かれていたのだ。

「これ全部、フリッグちゃんが作ってくれたのよ」

 母が兄妹に教えるとフリッグはネグリジェの上からエプロンを付けており、母に言った。

「はい……。冷蔵庫の中を勝手に使ってしまって」

「いや、作ってくれてありがたいよ。部屋も埃がなくて、そしたらシグルスくんがやってくれたっていうんだ」

 父がリビングや廊下や階段の埃がなく床も水拭きで磨かれているのはシグルスがやってくれたと教えてくれた。

「あ、はい……。みんなまだ寝ていたので掃除したんです……」

 朝食の用意と部屋の掃除をしてくれたシグルスとフリッグだと知って、栄希と夢乃は呆然となる。

 六人は昨日の夕食時と同じ席に座ってフリッグが作ってくれた朝食を食べた。

「うわぁ、おいしい!」

「ベーコンもカリカリに焼けているよ」

 栄希と夢乃もフリッグの朝食を口にして喜ぶ。

「君たちが朝食を作って部屋の掃除をしてくれた、ってことは君たちのいた星では召使いでもやっていたのかい?」

 父がロボットであるシグルスとフリッグに訊いてくると、フリッグは答える。

「はい。わたしと弟はアスガルド星では王様に仕える給仕でして、料理屋掃除や洗濯はよくやっているんです」

「道理で……。いやー、しかしなかなか旨いよ。味付けも丁度いいし」

 父がフリッグの料理を褒め、母は咳払いをする。

「あ、ごめんな。これからは母さんのいない時に栄希と夢乃にご飯を作ってくれないか?」

「はい。でも乙葉さんのいない時って?」

「ああ。わたしは週に三回、隣町で手芸講座の先生をやっているの。手芸講座のある日はわたしが栄希と夢乃に作り置きのご飯を作って出かけているのよ」

 母がフリッグに教える。

「わかりました。栄希くんと夢乃ちゃんの食事はわたしが作ります」

 フリッグが母の頼みを聞いて従った。朝食が終わると父は鞄を持って会社へ行き、母は食器を洗い、栄希はシグルスに服を着せてあげた。シグルスが来ていた服は洗濯機に入れてあるため、栄希は自分の服をシグルスに渡した。この日はスウェットパーカーに中のTシャツとカーゴパンツであった。フリッグは母が若い頃に着ていた派手めのワンピースを着せてもらっていた。

 朝食の後は母は洗濯物をベランダで干して、栄希と夢乃はシグルスとフリッグの部屋を使いやすくするための手伝いをした。箱に入っていたクリスマスツリーや雛人形や季節に合わせて使う家電は両親の部屋や兄妹の部屋に置いたりと工夫した。

「これで過ごしやすくなったよね」

 栄希がシグルスとフリッグの部屋が広くなったのを目にして一息つく。部屋の中は布団だけで、後は窓とフローリングの床と真っ白な壁だけである。

「お父さんの会社が休みの日にさ、机とかじゅうたんを買いに家具屋さんへ行くから、もう少し待ってね」

 栄希はシグルスとフリッグにきちんと住めるようになるまでの待機を言ってきた。

「でも荷物を運んだり動かしたりしたから疲れちゃったよ」

 夢乃はシグルス姉弟の部屋の片づけでへとへとになったことを呟く。

「じゃあ、昼ご飯になるまで休もうか。シグルスとフリッグもぼくたちの部屋に来る?」

 栄希はシグルスとフリッグに訊いてきた。


 シグルスは栄希の部屋に初めて入った。栄希の部屋はクローゼットとロフト付きの五畳間でロフトの下は壁付けの机に窓、机には引き出しが三段あってそれぞれに筆記用具、彫刻刀やリコーダーなどの学用品、教科書とノートが入っており、机の上には国語や漢字の辞書や鉛筆やカラーペンなどが入ったペン立て、机に挟んで付ける電気スタンドが置かれており、クローゼットの隣の本棚にはマンガや児童書や図鑑の本が収められており、梯子の上ったロフトには布団が敷かれてゲーム機やゲームソフトの入ったカラーボックス、天井は屋根で窓もついていた。

「シグルス、ゲームは得意? このアクションゲームやってみるか?」

 栄希は十字キーや四つの丸キーの付いたゲーム機をシグルスに持たせて電源を入れる。

「AでジャンプしてBで攻撃。穴のある所はジャンプで避けて」

 栄希はシグルスに主人公ゲームキャラの操作方法を教えてあげた。

「あーあ、負けちゃったか。まぁ、シグルスにとっては初めてだったのもあるしな……」

 シグルスはゲームオーバーをしてしまい、栄希がなだめる。

「パズルゲームだったら出来るかな? 同じ色のブロックを縦と横に揃えれば消せるよ」

 栄希はシグルスに他のゲームをすすめる。


 フリッグは夢乃の部屋に来ており、夢乃の部屋もクローゼットとロフト付きの五畳間で、壁付けの机に窓、引き出しも三段あってそれぞれ教科書や筆記用具を入れており、カーテンやじゅうたんや机の椅子はピンクのギンガムチェックでまとめられていた。椅子の上には茶色のランドセルが置かれ、ロフトの上には寝るための布団や枕もピンクのギンガムチェックで、勉強部屋の本棚にもロフトの寝室にもウサギやクマやネコのぬいぐるみが置かれ、夢乃は本棚の下の赤い屋根に白い壁の小さな家の模型を取り出してフリッグに見せた。

「これがわたしのお気に入り」

 家を左右に二つに開いてみると、中には台所や居間や子供部屋などの部屋に分けられ、椅子やテーブルなどの家具もあり、お父さんやお母さんや兄妹の人形も入っていたのだ。

「ドールハウスよ。かわいいでしょ」

 夢乃はフリッグにドールハウスと人形の家族を見せる。

「他にも着せ替え人形もあるし、ビーズメーカーもあるし、オリジナル消しゴムを作るおもちゃもあるし」

 夢乃が自分の持っているおもちゃを取りにロフトに上がろうとしたところ、フリッグが人形の家族を見てぼんやりする。

「どうかしたの?」

 夢乃が尋ねるとフリッグは気がついてこんなことを言ってきた。

「あ、いいえ。人間の世界にはこんな物があるんだなぁ、って……」

「アスガルド星にはおもちゃがないの?」

 夢乃が問いかけてくると、フリッグは言い続ける。

「いいえ。だけど、わたしとシグルスはおもちゃで遊んだことがないから……」

 フリッグがこう答えたのを言って、夢乃はフリッグとシグルスがロボットの星では給仕だったから遊びを知らずに過ごしてきたのではないかと思った。

 テレビ番組ではロボットは人間が決めたプログラム通りにしか動かないし、テレビアニメのロボットは人間と同じように考えたり思ったりするけど学校や職場に通ってそこで従っていることを思い出した。

「それじゃあ、わたしがおもちゃで遊ぶことを教えてあげる。ぬいぐるみもあるからままごともできるよ」

 夢乃はフリッグにおもちゃで遊ぶことを教えてあげることにした。


「すごいなー。三回目でラスボスまでクリアしちゃったのかよ」

 シグルスにゲームの遊び方を教えてあげた栄希はシグルスが三回目のターンでアクションゲームを最後までクリアしたことに驚いた。するとシグルスがこう答えた。

「ああ。一度ソフトにさわった時にソフトのデータシステムを読み取って電子頭脳の中に入れて解析したんだ」

「ああ、そうなのか……」

 栄希はシグルスのゲームクリアの理由を聞いて納得する。その時、母の声が聞こえてきた。

「栄希、夢乃ー。シグルスくんとフリッグちゃん。お昼ごはんよー」

 母の呼ぶ声で栄希とシグルス、夢乃とフリッグも反応する。

「はーい、ただいまー」

 四人は二階の部屋を下りてダイニングのある一階へ行く。食卓の上には母が作ってくれた黄色い薄焼き卵で赤いケチャップライスを包んだおかずとレタスなどの生野菜を添えたサラダの鉢があった。

「オムライスだ。シグルス、ケチャップで何の絵を描く?」

 栄希がシグルスにケチャップの容器を渡して尋ねてくる。

「これで卵の上に絵を描くの?」

 すると母が栄希に注意する。

「栄希、シグルスくんにどうでもいいことを言わないの。ケチャップはかけ過ぎちゃだめよ」

 すると夢乃はケチャップで魚の絵を描いてフリッグが真似をして自分のオムライスに魚の絵を描いた。

「夢乃は魚か。じゃあ、ぼくはこれにする」

 栄希はオムライスの上に星を描いた。

「ああ、卵の上に描くのは決まってないんだね」

 シグルスが栄希に言った。

「ケチャップで何を描こうか何てより、早く食べなさい」

 母は呆れつつもシグルスとフリッグの様子を見てほほえましく感じた。