4話・シグルス、学校に来る


 栄希と夢乃が学校に通い出してからの日々はシグルスとフリッグが朝食後の食器洗いと洗濯物の干し畳みとアイロンがけと室内掃除と栄希兄妹の昼食作りに勤しんでいた。

 ただ家の中で働いてばかりでなく、栄希兄妹と一緒に町内の散歩をしたり、図書館で本を読んだり、兄妹とゲームや人形遊びをして過ごしてきた。

 散歩は高里兄妹の住んでいる地域を知るためで、図書館に行ったのは地球での暮らし方や知識を学ぶためであった。

 図書館は赤茶色の三階建ての建物で、一階が児童室、二階が一般図書、三階が雑誌や新聞などが置かれている児童室になっていた。

 多くの利用者が来ている中、シグルスとフリッグは児童書コーナーの動植物や乗り物などの図鑑を読んでは詳細をインプットしていき、他にも日本や世界の歴史や国土の本、ジュニア向けの料理裁縫の本を読んでは記憶していく。

 シグルスが何十冊目かの本を読み終えたところで栄希と夢乃が利用者テーブルの一角に座って本を読んでいるのを目にした。

「何を読んでいるの?」

「ああ。SFの本だよ。ぼくが今読んでいるのはカレル=チャペックの『ロッサムロボット株式会社』。これは地球でロボットを最初に扱った科学小説なんだよ」

 栄希はシグルスに自分が呼んでいる本の内容を軽く説明する。一方で夢乃は極彩色が特徴の絵本を読んでいた。

「シグルスはどんな本を読んでいたの?」

 栄希が尋ねてくるとシグルスはこう答えてくる。

「うん。動物と植物と乗り物と昆虫と鳥と海の生物と星と人体と鉱物と恐竜の図鑑。日本の原始時代から平成時代までの歴史、世界の古代エジプト文明からアメリカイスラム戦争までの歴史、世界地図と国土地図の本……」

 それを聞いて栄希はシグルスの読書量を聞いて目をパチクリさせる。いくらロボットだからって、記憶が良すぎるのではないか、と。一方フリッグは『ハーブ百科』を読んでいた。

 夕方になって四人は家に帰ることになり、シグルスとフリッグにとって図書館での知識収集はこれからの地球暮らしで活用していくだろう。

 学校が始まってから四日目、朝食を食べ終えた栄希はシグルスとフリッグにこう言ってきた。

「今日から給食が始まるから昼食は要らないよ」

 それを聞いてシグルスが母に訊いてくる。

「給食って何ですか?」

「給食っていうのは学校が生徒に食べさせるお昼ご飯のことよ。毎月給食費を学校に出せば毎日食べられるのよ」

「だけど給食って嫌いなおかずも出るのが困るからなぁ」

 夢乃が給食の話を聞いて呟く。

「アスガルド星には給食はないの?」

「うん。アスガルド星はみんなエネルギー補給がしたかったら、エネルギースタンドで買ったり自分で用意してすごしているから」

 栄希の質問にフリッグが答える。

 栄希と夢乃は学校に行き、フリッグが食器の片づけをして、シグルスが洗濯物を干しにベランダのある高里夫妻の寝室へ行く。

 学校では朝の会の後に授業が始まり、四時間目の授業が終わると今日の給食係の班の子が白い三角巾と割烹着を着て今日の給食を一人ずつ配っていく。一学期最初の給食は食パンとジャムマーガリンと野菜スープとコンビーフピカタと牛乳パック。

 第三小学校では同じ班同士で食べることが決まっており、栄希も純也も智佐絵も同じ班の子と一緒に食べた。

(あれ……?)

 栄希は給食のスープとピカタを食べてふと感じた。今まで家で食べてきて、しかもシグルスとフリッグが作ってくれた料理の方がうんとおいしく感じたのだ。それは二年生の教室でも食べている夢乃も同じで、高里兄妹はいつの間にかシグルス姉弟が作ってきたおかずの味がすっかり染みついてしまったことに気づいたのだった。それでも今日は嫌いな食材がなかったので全部食べたが。

 この後昼休み、五時間目の授業、校内清掃と続いていき、帰りの時間にクラブ活動入部のプリントが配られた。

 第三小学校では四年生からクラブ活動に参加する決まりがあり、誰もが何のクラブに入ろうか考えだす。塾やピアノなどの習い事をやっている人なんかは朝練なしと終わりの早いクラブを選ぶことはあるが。

(クラブかぁ。運動系のクラブにしようかと思っていたけど、シグルスとフリッグが来てからあんまり考えてなかったんだよなー……)

 栄希は考え込む。栄希は体育は平均的な方で、五年生の時は図画工作部に入って絵を描いていたり粘土で花瓶を作ったりしていた。

「クラブ入部のプリントは来週の火曜日の朝の会に提出してください」

 牧野先生が生徒たちに伝えて、帰りのあいさつが終わるとみんな教室を出ていく。

 純也も智佐絵も帰り道が同じ同級生と下校していって、栄希も二年生の教室へ行って夢乃を迎えてから一緒に校舎を出た。校舎では放課後に遊んでいく生徒がたくさん残っていて、一輪車に乗ったり雲梯などの遊具で遊んだりドッジボールしていたりする様子が目に入る。

 栄希と夢乃は家に着くと台所から甘い匂いが流れてきて鼻をくすぐらせる。

「お帰りなさい、栄希くん、夢乃ちゃん」

 台所のドアからフリッグが顔を出す。フリッグは髪を二本の三つ編みにしておりエプロンをかけていた。

「ああ、ただいま……。何を作っているの?」

 栄希が尋ねてくると、フリッグは帰ってくる栄希と夢乃のためにクッキーを焼いていると教えてきた。

「手を洗ってうがいしてね」

「はーい」

 栄希と夢乃は手洗いとうがいをして通学バッグを自分の部屋に置いてダイニングへ向かう。ダイニングではシグルスがクッキーに合う紅茶を入れていた。

「お茶はアールグレイにして、レモンとミルクの好きな方を選んでね」

 それからフリッグが出来立てのクッキーを大きな皿の上に乗せて運んできた。バニラとココアの市松模様にイチゴジャムを挟んだものにココア生地にナッツを入れたもの、食紅でピンクにした生地に茶色いココアと重ねたストライプのものと種類があった。

「いただきまーす」

 栄希と夢乃はクッキーを一枚とってサクサク感と甘さが一気に口の中に広がってきた。

「うわぁ、おいしい!」

 夢乃がフリッグの作ったクッキー食べて喜ぶ。

「図書館に行ってきた時に拾った情報を元に作ったの」

 栄希は紅茶のカップに砂糖と牛乳を入れてクッキーを食べた後にすする。

「栄希くん、学校ってどんな所なの?」

 シグルスが尋ねてくると、栄希は今日の授業のことや給食の献立や掃除や同級生のことを教える。

「来週の水曜日から四年生から六年生はクラブ活動に参加しなくちゃいけないから、夢乃を一人で下校させるわけにはいかないし、だからといって夢乃をぼくに合わせるのも困るし」

 それを聞いてフリッグが言ってきた。

「じゃあ、わたしが栄希くんがクラブ活動の日はわたしが夢乃ちゃんを迎えに行ってあげる。それなら大丈夫でしょう」

 その案を聞いて栄希は安心する。

「いいの?」

「うん。学校までの行き方と場所さえ記憶すれば」


 日曜日、高里兄妹はシグルスとフリッグを連れて第三小学校の行き方を記憶することになった。日曜日は会社や学校は休みで、公園で遊んでいる子供や自転車に乗って出かける少年少女、自動車に乗る大人の様子が見られた。商店は日曜日でも開いている店もあり、スーパーマーケットなんかは平日よりも多くのお客さんが来ていた。

 フリッグとシグルスは自動車や信号に気をつけたり、初めて歩く道の景色を見たりしていた。第三小学校は休日は校門が閉まっており、校舎の窓も扉も閉ざされていた。

「栄希くんと夢乃ちゃんの通う学校……」

 シグルスとフリッグは校舎を見つめる。


 それからして火曜日、栄希たち六年生の教室ではクラブ活動入部のプリント提出の期限になって、生徒たちは担任の先生にクラブ入部のプリントを渡す。

「栄希くん、どこのクラブにしたの?」

 純也が尋ねてきたので栄希は答える。

「SF研究会。運動系とどっちかにしようかと思ったけど、ここにした」

「ふーん……、SFねぇ。もの好きだったんだね、栄希くんって」

 純也が栄希の入ったクラブを聞いて肩透かしにつぶやいた。

「純也はどこにしたんだよ」

「ぼくは室内ゲーム部。運動苦手だし」

 純也は自分の入りたいクラブの名前と理由を答える。

 先生は生徒全員のプリントを受け取ると、明日の水曜日からクラブ活動を始めるため活動時には指定の場所へ行くようにと告げた。ブラスバンド部は音楽室で科学実験部は理科室という具合に。

 その日の夕方の夕食時で栄希は晩御飯を食べながらフリッグにお願いした。

「月曜日と水曜日の六時間はクラブ活動で木曜日は委員会だから、フリッグは夢乃のお迎えをお願い」

「ええ、わかったわ」

 フリッグは栄希の話を聞いて承知する。

「お兄ちゃんはクラブと委員会で一緒に帰れないけれど、フリッグなら大丈夫よ」

 夢乃はフリッグを見て安心する。

「栄希くん、クラブ活動って何をするの?」

 シグルスが栄希に質問してきたので栄希は答える。

「サッカー部なら二組に分かれて練習試合をしたり、演劇部ならコンクールに向けて練習したりするんだ。ぼくが入ったのはSF研究会で、SF小説やSF映画の感想をみんなで話し合うんだ」

「お兄ちゃん、SF研究会に入ったの? 春休みの時に、サッカー部かバスケット部に入るって言ってなかったっけ?」

 夢乃が栄希に訊いてきたので栄希は答える。

「それは……シグルスとフリッグが来る前の話だよ。シグルスとフリッグがアスガルド星のロボットだし、まだ地球の知らないことはまだあるだろうし……」

 栄希が希望のクラブを変えた理由を話していると、シグルスが困った表情をして栄希に謝ってきた。

「ごめんなさい、栄希くん。ぼくとお姉ちゃんのために、入りたがっていたクラブをやめるなんて……」

 シグルスを見て栄希は苦笑いをする。

「あ、謝ることじゃないよ。シグルスとフリッグが家に来てから面白くて楽しいし。SF研究会だってさ、自分のおすすめしたいSF映画をみんなに伝えられるし」

 栄希はシグルスを気づかって言った。

「まぁ、栄希がクラブと委員会を受けている時はフリッグが迎えに来てくれるからいいとして、シグルスは家にいなくちゃならないからなぁ……」

 父が栄希と夢乃の学校での生活は別々で夢乃が一人の時はフリッグが迎えに来てくれることはともかく、シグルスを家で一人にさせてしまうことには疑問に思った。

「そうよね。ロボットといえど、見かけは栄希と変わらないみたいだし、押し売りとかサギ商法にも引っかかりそうだし……」

 母もそのことに疑問を持つ。

「シグルスをぼくと夢乃と同じ学校に入れようとするの?」

 栄希が両親に尋ねてくる。

「ぼくは家にいるよ。家に他の人がやってきたら、ぼくの中にある判断回路でいい人か悪い人か確かめることが出来るから……」

 シグルスが高里夫妻に言った。

「シグルスを学校に行かせたりしたら先生が何て言うか気になるし、純也のような子だったら受け入れてくれるだろうし、何より六年二組には……」

 栄希望がブツブツ言っていると、両親がシグルスに話しかけてきた。

「シグルスくん、君は人間よりも優れているロボットだ。料理も掃除も洗濯も出来るし、言葉の翻訳や計算もたけている。

 だけど見かけは栄希と変わらない十代前半の男の子だ。君を一人で留守番させたら、どんな人が君を利用してくるかわからない。

『子供だから上手くだませられる』と思っていたり考えている人もいるんだ。

 そのために父さんと母さんはシグルスくんを小学校に通わせた方がいいとこの数日間考えていたんだ」

「シグルスくんには、わたしたち以外の人間と接しさせた方が、それも栄希と夢乃と歳の近いこの中に入れたらシグルスくんもなじむだろうと思ってねぇ」

 両親のシグルスを学校に通わせる意見を聞いて栄希と夢乃は沈黙する。

「でも先生や他の子たちがシグルスがロボットと知ったら……」

 栄希がそのことを気にして言うと、シグルスは考えた。

「君のお父さんとお母さんがぼくのためにと言っているのなら、ぼくは学校へ行くよ。ぼくが学校の人たちにロボットだって知られたらの対処方法はその時に考えればいいさ」

「シグルス……」

 栄希は父と母からの意見に従うシグルスを見た。シグルスは栄希と夢乃の通う第三小学校に転校することになった。


 シグルスが第三小学校に転入してきたのは三日後のことだった。

 六年二組の教室の朝の会で牧野先生が教壇に立って、黒板にシグルスの名前を書く。

「始業式からだいぶ経ちましたが、このクラスに転校生が入ってきました。

 シグルス=アスガルドくんです」

 教壇の近くには栄希から借りたラグランTシャツにカーキ色のワークパンツ姿のシグルスが立っていた。

「シグルス=アスガルドです、よろしく」

 教室のみんなはシグルスを見て「わあっ」とざわつく。

「金髪に緑の眼、きれいだわ」

「外国人がうちのクラスに転校してくるなんてなぁ」

 牧野先生は咳払いをして、シグルスの紹介を続ける。アスガルドというファミリーネームは栄希の父が考えたもので、シグルス姉弟の故郷のアスガルド星から取った。

「シグルスくんは高里くんのお父さんのご友人の子息でスウェーデンからやって来ました。シグルスくんのお父さんとお母さんがアフリカに転勤することになってアフリカではシグルスくんがなじめない、という理由で日本の高里くんの家にホームステイすることになりました。

 どうか仲良くするように」

 それからシグルスは窓際の後ろの席を与えられて、朝の会が終わると男女問わずの同級生がシグルスに駆け寄ってきた。

「スウェーデンに住んでいた時はどんな暮らしだったの?」

「好きな食べ物は何?」

「スウェーデンって白夜があるんだろ?」

 誰もが金髪に緑の眼の転校生に目を向けており、一度に多くの質問をされているシグルスはまごついていた。

「ええっと、その……」

 栄希は質問攻めに遭っているシグルスを見てみんなに言った。

「みんな待てよ。シグルスは転校してきたばっかなんだ。シグルスの気持ちを落ち着かせてやれよ」

 栄希の台詞を聞いて女子の幾人がムッとなった。

「いいじゃない、別に。高里くんが仕切ることじゃないでしょ」

「高里くんの家にホームステイしてるからって、高里くん偉そうにしないでよ」

「そうよ」

 シグルス目当ての女子たちに睨まれて栄希は何も言えなくなる。

「おう、転校生。邪魔するぜ」

 太くて低い声がしたので、シグルスは顔を上げて栄希が振り向くと、そこにはやたらと体の大きい角刈り頭の少年が立っていたのだ。

「堀込……」

 栄希は呟いた。

「誰なの?」

「ガキ大将の堀込源(ほりごめげん)。見かけだけでなく態度も大きいんだ……」

 栄希が小声でシグルスに教えると、源は栄希に睨みつけてくる。

「何か言ったか?」

「い、いや、何でも……ないっす」

 栄希は源の睨み目にビビりつつも、源はずかずかとシグルスの前に近寄ってくる。

「ふーん。お前、おれたちと同じ歳のようだけど、体が小せぇんだな」

 源はシグルスが栄希よりも細身で目にするとハッキリと言った。

「何を言っているの。堀込くんが大きすぎるのよ」

「小学校六年生とは思えない図体だもんね」

 女子の一人が源にからかうように言った。

「んだと、オラァッ!!」

 源がシグルス目当ての女子に拳を振りかざすポーズをつけると、シグルスが拳を振り上げた源の左腕をつかんだ。

「や、やめて!!」

「あででっ!!」

 シグルスに腕をつかまれた源は痛がってひざまづいた。

「いてて……。お前、体が小せぇ割には力があるんだな……。お、おれは別にお前をばかにしてた訳じゃないんだよ……」

 源は痛みによる涙目でシグルスに言った。

「ご、ごめんなさい。力入れすぎて……」

 その時、チャイムが鳴って牧野先生に叱られまいとみんな席に着いた。この日の一時間目は算数だった。先生が黒板に数式を書いてみんなはノートに写していた。

(人間の子供って、こういう風に勉強するのか)

 シグルスはロボットなので書物の記録や機械のデータプログラムはスキャニング機能を使って学ぶので、書写の必要はなかったが人間の子に倣ってノートに書式を書き写した。

「えー、この問題は……シグルスくんに解いてもらおうかしら」

 牧野先生が指名してきたのでシグルスは席から立ち上がる。

「はい。一番が五十八。二番が四。三番が百十七。四番が六十五です」

 シグルスが短時間で答えてきたので、先生は一瞬目を丸くするも、答合わせをして全問正解なことを伝える。

「ぜ、全部正解よ。予習してきたのね……」

 栄希以外の生徒はシグルスの頭の良さに驚いていた。

 二時間目は体育でみんな学校指定の体操着と深緑のハーフパンツに着替えて校庭に出たのだが……。

「君が今日六年二組に転校してきたというシグルス=アスガルドくんかね。何で春なのにジャージを着ているんだい?」

 体育担当の男性教諭、北川(きたがわ)先生がシグルスに目を向ける。みんなは体操着とハーフパンツに対し、シグルスは深緑の学校指定のジャージを着ていたからだ。栄希はジャージを脱いだシグルスにはロボットの特徴である関節の節目が見られてしまうことを恐れて北川先生に言った。栄希は更衣室で着替える時はシグルスを奥で着替えさせて自分は傍らに立ってガードしていた。

「き、北川先生……。シグルスはその……小さい時にケガをして、その時のケガの跡が腕と脚に残っているのでジャージを着ているんですよ」

 それを聞いて六年二組の面々や北川先生はそれを聞いて驚く。

「そ……そうだったのか。なら仕方がないな。アスガルドはジャージのままでいなさい」

 北川先生は栄希の嘘を信じてシグルスのジャージ着用を許してあげた。体躯の授業は校庭で短距離走だった。五十メートルを何秒で走れるか測定し、栄希は十秒、純也は十秒三十二、智佐絵は九秒五十三、源は十二秒十九だった。

「最後、シグルス=アスガルド」

 シグルスはスタート地点に立ち、先生の合図で駆け出す。

「よーい、ドン」

 すると、シグルスはたったの五十メートルを五秒で走りきったのだった。

「うそ……」

 北川先生もみんなもシグルスのスピードに茫然となる。

(あ〜あ、走るのは控えめにしておくように、と言っておくんだった)

 クラス、いや学校のみんなにシグルスがロボットだとバレるのも時間の問題だと栄希は思った。しかし陸上部の顧問である北川先生はシグルスに訊いてきた。

「アスガルド、良かったら陸上部の長距離担当にならないか?」


 三時間目、四時間目と続いていき、給食の時間になった。給食は毎週班ごとに給食を配ることになっており、シグルスと栄希と純也に混じって給食当番から給食を受け取った。今日の給食はパスタサラダとフルーツヨーグルトと青菜ご飯とチキンの照り焼きだった。シグルスは残すこともなく、おかわりすることもなく食べた。

給食の後は二十分の昼休みで、シグルスは栄希と純也の案内を受けて、学校の図書室にやって来た。学校の図書室が町の図書館ほどではないが、文学や図鑑などの本がそろっており、六人がけの机には本を読んでいる生徒が何人かいた。

「受付に持っていけば三冊までは一週間借りられるよ。どうする?」

 栄希はシグルス訊いてくると、シグルスは辺りを見回しただけで答えてくる。

「ううん、お話の本以外はみんな図書館で読んで覚えたから」

「え?」

 それを聞いて純也は不思議に思い、栄希はシグルスが普通の子でないようにと気づかれないように話題を変えた。

「あっ、じゃあ五時間目の授業になるまで、外に出ようか」

 栄希に連れられてシグルスはと純也は校舎に出る。校舎の前は赤や紫などのパンジーやチューリップなどの春の花が植えられた花壇、今日の風や気温を調べるための百葉箱、小さな囲いのある庭には小屋が三つあって、それが学校で飼っている動物の住まいであった。

 絹橋第三小学校ではニワトリ、ウサギ、モルモットを飼育しており、飼育委員会の人が世話をしていた。囲い付きの庭には動物を小屋に入れっぱなしのストレスを発散するために設けられていた。

 今日は耳が長くて丸い尾のウサギたちが放されており、栄希・シグルス・純也は囲いの外から庭を駆け回るウサギたちを見つめていた。

「かわいいでしょ。以前住んでいた学校でも、ウサギがいたんでしょ?」

 純也がシグルスに尋ねてくると、シグルスはこう言ってきたのだ。

「パニュスだ。森に棲息していて、葉っぱやルミッドの花を食べている……」

「え?」

 シグルスがウサギを見て「パニュス」と言ったのを耳にして、純也はまた疑問に思った。

「ぱ、パニュス? ルミッドの花……」

 栄希はまたややこしくなると感じて、小声でシグルスに注意した。

「シグルス、ぼくや夢乃やお父さんたち以外の人の前で、アスガルド星にまつわることを言わないでよ。シグルスがロボットってことは学校では秘密なの!」

「あ……、わかった。でもアスガルド星では耳が長くて尾の短いげっ歯類をパニュスって呼んでいて……」

「アスガルド星の生き物と似ているからって、アスガルドでは通じても地球では通じないことを言っちゃあ回りが困るんだよ。それを注意してほしいんだ」

 栄希はシグルスにそう言うと、純也に振り向いてさっきの言葉についてのことを誤魔化した。

「いやぁ、ごめんな。シグルスが言ってたパニュスっていうのは、シグルスが前に通っていたウサギの名前だったんだよ。シグルスがいきなり知らないことを言ってきたから思わず……」

「ふーん。そうだったんだ」

 純也もそれを聞いて疑うことなく聞き入れたのを目にして、栄希はホッとした。

 昼休みは終わり、五時間目と六時間目の授業も終わり、授業の後は掃除で栄希と純也の班は教室で机を前後に移動させて床を雑巾で磨き、シグルスの班は廊下の床磨きと手洗い場のシンクを磨くことになっていた。

「シグルスくん、洗うの上手いね」

 同じ班の女の子がシグルスに言ってきたので、シグルスは返事をした。

「うん、いつも掃除をやっていたから」

「え? いつも?」

 その時教室から栄希が出てきて、シグルスに小声で注意する。

「学校に通うまではぼくの家で掃除や洗濯を毎日やっていた、って言わないでよ。でないとぼくやお父さんたちが変に思われるじゃないか!」

「でもぼく、アスガルド星の王様の城に住んでいた時は掃除や……」

「人間の学校では勉強や掃除も同じ扱いなの!」

 はーっ、と栄希は息を吐いて頭を抱えて教室に戻り、机を元の配置に戻していった。シグルスが見た目は自分と変わらない年齢とはいえ、父と母の案で学校に通わせることになったから、勉強はともかく友達付き合いには自分が苦労する羽目になったことに気づいた。

 シグルスがついアスガルド星にいた時の記憶や情報を口にしたりしないか、したらしたで栄希が誤魔化すことになったのだから。