6話・姉弟と人間の友達と



 四月よりも気温が高く、木の葉や草が深い緑になる五月の始まり。日本では五月三日から五日まではゴールデンウィークと呼ばれる連休に入り、栄希の学校でも遊園地に行ったり祖父母の家へ遊びに行く子もいた。連休は道路が混雑して自動車が渋滞したり、電車も多くの人が乗るため、家で過ごす子も多かった。

 高里家では栄希の同級生の智佐絵と純也をフリッグと合わせるためのパーティーの準備中だった。父が智佐絵と純也を迎えに行き、シグルスとフリッグはパーティーに出す料理やお菓子を作り、栄希と夢乃は母と一緒に掃除をしたりテーブルクロスや花を持ってきたりと準備していた。

「純也くんと智佐絵ちゃんを連れてきたよ」

 父が玄関に入ってきて、更に純也と智佐絵も入ってくる。二人ともめかしこんでおり、純也はVネックの緑のスウェットに黒いタータンチェックのシャツを着て折り返しの付いたベージュのパンツ。智佐絵はフリルの付いたピンクのカーディガンに紫の小花模様のワンピースで髪にはスミレの花を連ねたバレッタを留めていた。二人とプレゼントの小箱を持っていた。

「純也くん、智佐絵ちゃん。ようこそ!」

 シグルスがダイニングから出てきて二人を迎える。

「本当に来ちゃった。お姉さんは?」

 純也が尋ねてくると、シグルスは答える。

「ダイニングにいるよ。さぁ、どうぞ」

「おじゃまします」

 智佐絵はあいさつすると、靴を脱いで純也も廊下に入り、ダイニングへ向かった。ダイニングは白地に色糸で刺繍したテーブルクロスの上にはアヤメの花を活けた花瓶と、チューリップから揚げやサンドウィッチ、パスタサラダやコーンスープ、デザートにはイチゴや缶詰のミカンなどを使ったチョコレートケーキがあり、飲み物もコーラやウーロン茶屋オレンジジュースのペットボトルが置かれていた。

「うわぁ、すごい!!」

 純也がテーブルの上のごちそうを見て驚く。

「これ、全部栄希くんのお母さんが作ったんですか?」

 智佐絵が尋ねると栄希の母は返事をした。

「いいえ。全部シグルスくんとフリッグちゃんが作ってくれたのよ」

 するとピンクのエプロンドレスを着た夢乃が台所とつながるドアに声をかけてくる。

「フリッグ、お兄ちゃんの友達が来たよ」

 夢乃の声を聞いて、亜麻色の長い髪を二本の三つ編みにして水色の眼に白い肌、背が高くて白いワンピースと水色のボレロカーディガンを着た女の人が台所のドアから出てきた。

「はーい。ただいま……」

 智佐絵と純也はフリッグを目にして静止する。あまりにも美人だったからだ。

「初めまして。わたしがシグルスの姉のフリッグです。あなたたちね、シグルスが言っていた学校の友達は」

「はい。ぼく栄希くんの友達の岸原純也といいます。初めまして」

 純也はフリッグにあいさつする。

「わたしは彩沼智佐絵といいます。初めまして、フリッグさん」

 智佐絵も愛想よくあいさつする。その後はドリンクをガラスのコップに入れて乾杯をし、純也も智佐絵もシグルスとフリッグの作ったご馳走をほおばった。

「うわーっ、すごいおいしい! うちのよりおいしいよ!」

 純也はから揚げを食べて興奮する。

「本当においしいわ。サンドウィッチの種類もこんなに……」

 智佐絵はサンドウィッチを一口ほおばって呟く。サンドウィッチは白パンの他にライ麦の茶色やヨモギを入れた緑色、中身もツナ卵やハムレタスやコンビーフやトンカツやフルーツサンドもあった。

「全部食べられなかったら、持って帰ってもいいのよ」

 母が純也と智佐絵に声をかける。

「良かったな、純也も智佐絵ちゃんも喜んでいて」

 栄希がシグルスとフリッグに言った。

「うん。わざわざ来てくれてありがとう」

 シグルスは純也と智佐絵に礼を言った。デザートのケーキを食べて、会食が終わると純也と智佐絵はフリッグにプレゼントを渡す。

「はい。これをフリッグさんに」

「まぁ、ありがとう」

 フリッグはプレゼントの包みを開ける。純也からは赤いラインストーンのヘアピン、智佐絵からは手の平ほどのコンパクトミラーでフタにはピンクのバラ模様が入っていた。

「純也くん、智佐絵ちゃん。ありがとう。わたしにわざわざプレゼントをくれるなんて……」

 フリッグは二人に礼を言った。

「いやぁ、それ程でも」

「わたしも気に入ってくれただけででも嬉しくて……」

 その後は栄希と夢乃とシグルスとフリッグと純也と智佐絵は六人で近くの公園で遊ぶことにした。住宅街の中にある公園は滑り台やジャングルジム、ブランコや雲梯といった遊具があり、栄希たち六人の他にも、幼稚園ぐらいの子を連れた母親や他校の小学生グループ、高校生くらいのカップルも来ていた。

「フリッグさんとシグルスくんが以前住んでいた場所って、どんな場所だったんですか?」

 智佐絵がフリッグに訊いてきたので、フリッグは「ええ? ああ……」と言ってこう答える。

「わたしたちが住んでいた所は草も森も多くて、色んな種類の花が咲いていたわ。空はここより鮮やかな青で、建物も色とりどりで……」

 フリッグが説明すると、純也が尋ねてくる。

「確かシグルスくんとフリッグさんてスウェーデンにいたんでしょ? スウェーデンのどこら辺の何ていう町ですか?」

 純也が具体的に質問してきたので、シグルス姉弟と高里兄妹はぎくりとなった。シグルスとフリッグはある日、地球の日本にやって来たアスガルド星のロボットだと言えず、父と母が思いついたスウェーデン人の知り合いの子供ということにしたのだから。だが、スウェーデンのどこの町に住んでいたまでかは考えていなかった。

「ええっと……、それは……」

 二組の兄弟がしどろもどろになっていると、聞きなれた声が飛んできた。

「よぉ、お前ら何やってんだ?」

 そこにいたのは体の大きい角刈り頭の少年、堀込源と源と違って小柄でスポーツ刈り頭の少年がいたのだ。

「あ、堀込くん……」

 智佐絵が源を見て呟く。

「あ、軍くんも来ていたんだ」

 夢乃が源の隣の少年を見て言った。

「誰?」

 フリッグが栄希に訊いてくると、栄希は困りつつも教える。

「ぼくやシグルスたちと同じクラスの堀込源。ガキ大将なんだ」

「ガキ大将は余計だ!」

 源が栄希に怒鳴ってくる。シグルスは源の隣にいる少年を目にする。

「君は?」

「堀込軍(ほりごめぐん)。源兄ちゃんの弟で、夢乃のクラスメイトだ」

 軍はシグルスに自己紹介をする。

「お前ら何でここに来てんだ?」

 源が栄希たちに尋ねてきたので、シグルスはこう答える。

「純也くんと智佐絵ちゃんがぼくのお姉ちゃんに会いたい、言うから栄希くんの家に招いてあげたんだ。今はみんなで公園に来たんだ」

「初めまして、源くん、軍くん。シグルスの姉のフリッグです」

 フリッグは堀込兄弟ににっこり笑ってあいさつする。すると源はフリッグが美人なのを目にして黙り込む。

「そういう堀込くんも何で公園に?」

 純也が訊いてくると源は我に返ってこう答えてきた。

「ああ、おれは家がそば屋で連休もやっているため、どこにも行けないから弟を連れて公園に来たんだ」

 堀込兄弟が公園にやって来た理由を聞いて、フリッグはこう言ってきたのだ。

「何ならわたしたちと一緒にいましょう。二人より八人の方が遊びがいがあるし」

「フ、フリッグ!」

 栄希と夢乃が一瞬戸惑ったが、シグルスが小声で言った。

「大丈夫だって。ぼくたちもロボットだと知られないように力加減するからさ」

 こうして八人で遊ぶことが決まり、最初はシグルスが鬼の鬼ごっこを始めた。

「それっ、逃げろ!」

 源のかけ声と共に栄希たちも散らばり、シグルスはあまり速くならないように走り出した。

「はいっ、軍くん捕まえたよ」

 シグルスは自分より小さい軍がケガをしないように両肩を掴んだ。

「捕まっちゃったぁ」

 軍は先に捕まった者として大人しくなる。シグルスは次々に逃げている者たちを捕まえ、シグルス姉弟が逃げ役になる時も速さを制限して遊んだ。

 鬼ごっこは六回も続けられ、堀込兄弟も智佐絵も純也もギブアップになった。

「シグルスもフリッグさんも足がやたらと速くないか? でもまぁ、いい暇つぶしになったけれど……」

 源が息を切らしながら言った。

「え!? ま、まぁね……」

 フリッグは勘づかれながらも返事をした。空は西日となり、青空には赤みもさしており、雲の流れも変わっていった。

「あ、もうこんな時間だ。帰らねぇと。フリッグさん、遊んでくれてありがとうございます! それじゃあ!」

「それでは」

 源と軍は公園の時計が四時近くになっているのを目にして自分の家へと帰っていった。

「ぼくたちも帰ろう」

「うん。お母さんも心配しているだろうし、そろそろ帰るよ」

 栄希がみんなに言い、純也と智佐絵も自分の家へ帰ることにした。六人は高里家に帰り、純也と智佐絵は行きと同じように、栄希兄妹の父が運転する自動車に乗せてもらって帰宅することになった。

「おじゃましました」

「また学校でね」

「うん、またな!」

 栄希兄妹とシグルス姉弟と母は智佐絵と純也を見送った。この日は本当に楽しく素晴らしい一日となった。だが栄希兄妹もシグルス姉弟も純也も智佐絵も堀込兄弟も気づいていなかった。公園の死角になっている場所から誰かが監視していたことを。

 町中にある堀込兄弟の家、そば屋の『五十六(いそろく)』。堀込兄弟の父が経営している小さな店だが、休日でも客人が来るためにゴールデンウィークでも営んでいる。

 昼の二時から夕方の六時までの準備中は源と軍にとってはわずかな自由時間であるが、平日の夜と土日祝日は源と軍も手伝っている。恰幅の良い源と軍の父がバイクに乗って出前に出かけていて、ふくよかな源の母が調理して源と軍が注文と食器運びを行(おこな)っていた。

『五十六』はカウンター席と二人掛け席三つと四人掛け席が二つだけの小さな店舗だが、家族や老夫婦といったお客さんが来ている。カウンター席に座るオールバックにサングラス、暗めのスーツの二十代後半ぐらいの男の人がお盆を持ってきた源に声をかける。

「月見そば一人前です。どうぞ」

 源は男の人が座るカウンター席に注文のそばを置く。

「ああ、ありがとう。ところで君、昼間の公園で大きい女の子と小さい男の子のきょうだいと一緒に遊んでいた子だね?」

 男の人が突然訊いてきたので、源はきょとんとなる。

「え? ああ、転校してきたシグルスってやつとそのお姉さんですけど、何か?」

「ああ、わたしはね、上の命令であの姉弟を探してたんだよ。後で詳しく教えてくれないか?」

「はぁ……」

 男の人がこう答えてきたので源は思わず返事をしてしまう。すると源の母の声が厨房から飛んできた。

「源! 食べ終えたお客さんの食器を片づけて!」

「はっ、はーい!」

 源は立ち止まるのをやめて、店内を駆け回った。源の父が出前から帰ってくると、源と軍は下がってもよいことになり、源は自分に声をかけてきたお客さんが出入り口の前で待っていることに気づくと、こっそりと裏口から出てスーツの男の人に声をかけてきた。

「あの、さっきの話なんですけど……。おれや栄希のクラスに転校してきたシグルスとお姉さんのフリッグさんを探している、って本当ですか?」

「ああ。わたしの上司がね、あるもの(・・)の研究をしていてね、まさか君の家の近くにいるなんて思ってもいなかったんだ」

「け、研究?」

 源は男の人の話を聞いて首をかしげる。すると男の人は源の耳元に小声で話しかけてくる。

「昼間、君たちを観察している時に気づいたんだけれど、シグルスくんとその姉はロボットなんだよ。公園内にあるトイレに行かなかったのはあの姉弟で、水飲み場の水を飲まなかったのもあの姉弟。それから公園内の花壇やスズメ鳩の前では必ず立ち止まって変わった方向転換してたのもあの姉弟。どうだい? 辻褄が見事に合うじゃないか」

 男の人の観察の結果を聞いて、源は昼間の出来事を思い出して、姉弟の様子を探り出す。シグルスとフリッグの行動は自分が見たのと一致していることに感づいた。

「他にも思い当たることはあるだろう?」

 男の人は源に尋ねてくる。

「あの二人がロボットだなんて信じられない……。あっ!!」

 源は思い出した。シグルスが転校してきた日、源はシグルスの体つきが小さいことをからかってきて女子たちから反感を買って、女子に拳を振り上げてきた時にシグルスがものすごい力を出して自分を止めてきたことを。

「まさか、あいつが本当にロボットだったなんて……」

 源が呆然としていると、男の人は源に話を持ちかけてくる。

「我々は我が社の発展のために日本国内や世界の各地を歩き回って、日本や海外の最新機器を観察してきた。いやー、しかしまさかこの町に人間そっくりの

のロボットがいるなんて思ってもいなかった。そうだ、君にはあの姉弟の観察役になってもらおうか。一ヶ月程その日の報告をこれで我が社に伝えるように」

 そう言って男の人は源に一つのスマートフォンを渡してきた。送信先のドレスには『金城(かねしろ)国際重工』と表示されていた。

「源くん、この役目に乗ってくれたら、君には見合った報酬を与えるよ?」

 金城国際重工の社員の男の人は源に言ってきた。


 智佐絵と純也がフリッグと対面した日の夜中の北関東の某山中――。

 瑠璃色の夜空は銀粉のような星が煌めき、春の白銀の三日月が闇を照らしているかのような雰囲気だった。

 一瞬ではあったが、夜空の三等星あたりの星が広がって白い一本の光の柱が北関東の山の一ヶ所に下りて消えたのだった。

 暗く深い夜の森は木の枝や葉が不気味に見え、フクロウやムササビといった夜行性の動物が徘徊していた。

 その森の中に八人の影があった。山中の森に出現した八人は背丈も体格もバラバラで、背丈の大きい者は二メートルを超えており、一番小さい者はシグルスぐらいの背丈であった。

「ここか。二人が飛ばされたという惑星は」

 八人の一人が中音の男の声を出して他の七人に言った。冷静な感じでリーダーのようだった。

「はい。本惑星の空間物質移動装置の記録から算出した結果、地球に飛ばされたようです、あの姉弟は」

 他の七人の一人である落ち着きがありつつも若々しい女の声を出しながらリーダーの男に言った。

「何、地球だと!? あの忌々しい人間どもがロボットたちを隷属として扱い、我々を追放した星のことか!」

 八人のうちの別の男声が地球と聞いて自分の中の忌々しい記憶をめぐらせて言う。

「だけど、わたしたちが知っている地球とは何か違うみたいですよ? ここは森の中とはいえ有機生命体の反応しかないし、人間の反応もないみたいです」

 八人のうちの一人が穏やかさのある女の声を出しながら地球に恨みのある者に教える。

「確かに、我々がかつていた地球よりも文明や文化も低そうだな。人間の隷属となっているロボットの反応も感じない」

 中音低い男の声を出して一人が皆に伝える。

「どうしましょう、陛下?」

 三人目の女声の主がリーダーに尋ねてくる。

「この星の無人地帯にある廃墟を一時的な我々の基地にして、この星の情報を調べるべきだな。

 我々が帰還する時の空間物質移動装置のタイマーは十五日後に設定されている。

 まず七日の内に情報収集し、それからこの星をどうするか決める。もちろんこの星に飛ばされたシグルスとフリッグも探す」

「了解」

 リーダーの意見を聞いた七人は賛同し、地球の調査にあたることになった。